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忘却の約束

作者: 葵枝燕
掲載日:2016/07/21

 こんにちは、葵枝燕です。

 世の中の学生――特に小中学生は、もう夏休みでしょうか? 私はまだまだ先なので、羨ましい気持ちもあります。特に今年は、二週間のインターンシップに参加しますし、余計に短く感じますね、きっと。

 さて、そんなわけで、夏休みメインの話をお届けします! 主人公は、中学三年生の男の子です。

 ちょっと恋愛っぽい感じも含むのですが、ジャンルは[文芸(ヒューマンドラマ)]にしました。

 連載にしようと思ったのですが、最初のモノローグ(?)が字数足りなかったので、短編にしました。

 それでは! どうぞご覧ください。

 君との約束を守るために、俺は失くそう。

 君へと繋がる、全てのものを捨て去ろう。

 君との思い出を忘れるために、記憶に蓋をしよう。

 辛く苦しい約束を、君の願望を、永遠に守り続けるために。


「むっちゃん」

 小さな手が、俺の背中を揺すった。小さいくせに、それに反する力強さだった。

「起きて、むっちゃん」

 勢いよく揺らされる、俺。しかしまだ、眠気の方が強い。

「むっちゃん!」

「うるせえよ、(つる)()

 顔を机にくっつけたまま、俺はそう抗議した。

「授業、終わっちゃったよ? 起きなくていいの?」

 心配そうに問う声。相手はきっと、表情さえも心配そうにして俺を見ているんだろう。

 それでも、起きる気はないけど。

「寝る」

「授業一つ分、寝てたのに? 寝不足なの?」

 寝不足、なわけがない。大体、「家に帰ったら、飯食って、風呂入って、ベッドにゴー!」な俺が、寝不足になんかなるわけがない。むしろ、登校時間ぎりぎりまで寝ているのだから、睡眠時間は充分に確保しているはずだ。それでも、昼食後すぐの五校時というものは、眠気を誘うものである。しかも今日の五校時は、人間睡眠薬と名高い教師が担当する古典だ、よけいに眠くなる。そして俺は、その古典が一番苦手な科目だった。

「次、体育だよ?」

 ぼそりとそんな呟きが聞こえた。俺の脳がその言葉を理解するまでに、どのぐらいの時間がかかっただろうか。

「それを早く言え!」

「むっちゃん、時間割くらい憶えなよ。わたし、先に行くからね。サボっちゃ駄目だよ」

 そう言うと、彼女は俺から離れていった。俺は大きな欠伸(あくび)をして、のんびりと体育着の入った鞄に手を伸ばした。


 (つる)()()()と俺は、いわゆる幼馴染みという奴だった。保育園に通っていた頃から、蔓木はいつも俺のお()(やく)で、俺にとってもう一人の母親のような、ときにうざったくも感じる存在だった。もっとも、そのうざったさに助けられることの方が多いのだが。

 蔓木は頭が良かった。その上、器用で、美人で、教師からの人望もあった。少し気が強いところもあり、自分が違うと思えば相手がたとえガラの悪い問題児でも意見した。そんな媚びない態度からなのか、いつも蔓木の周りには人がいた。バカで体育しかできないような俺とは、月とすっぽんだった。少なくとも、中学に上がる前まで俺はそう信じていた。

 蔓木とは幼馴染みだったけれど、小学校に上がるとクラスは離れた。一組の俺と四組の蔓木に交流などなく、その上俺は部活に入って忙しくなったこともあり、それから中学に上がるまでの蔓木を知らない。中学でクラスメイトになって知ったのは、すっかり弱くなった蔓木の存在だった。

 病弱で、体育は欠席することが多く、ときには学校も休む蔓木の周りに集まるのは、心配する視線だけだった。

 それでも蔓木は誰よりも強くあろうとしていた。今まで通り、俺の保護者でい続けようとさえした。それが俺には、見てて痛々しいほどだったけれど、そんなことは告げないままに俺達は中学生としての最後の夏を迎えようとしていた。


 始業開始三十秒前に列に並んだ俺を、注意する者などいなかった。唯一、クラスメイトの(あき)(たか)だけは俺を見てニヤニヤと笑っていたが。おそらく深い意味はないのだろうけど、腹立たしいから後で一発殴ってやることにする。

「グラウンド三周と準備体操してからサッカーだぞ。わかってるな?」

 凄みを利かせた声で、体育教師は言った。そう言っても、ふざける奴が必ず出ることはわかりきっている。それは多分、俺みたいな生徒も、教師連中もわかっているのだ。

 走りながら、ふと女子が授業をしているだろう体育館に目がいった。おそらくあの中に、蔓木はいないのだろう。本人は不本意に違いないが、図書室か保健室で休んでいるのだ。体育ができないことを一番気にしているのは蔓木自身だった。何でもできていた頃を思い出したくないのかもしれないし、笑顔でバレーやバスケなんかをする女子達を見たくないのかもしれない。

「よう。どした? いつもより遅いぜ?」

 そんなことを考えながら走っていたせいだろうか。始業直前、俺を見てニヤニヤしていた明隆に追いつかれてしまっていた。

「今日、来るの遅かったな。何かあった?」

「何もねえよ。走りながらしゃべって、息上がっても知らねえぞ」

 こいつに限ってそれはないと思いながら放った言葉だった。明隆は、チーターとまではいかないだろうが足が速い。その上、体力もある。所属している野球部では、盗塁王なるあだ名が付いているが、中学生男子に付ける名だろうかと思う。

「比奈ちゃんと何かあった?」

 比奈ちゃんと、蔓木を下の名前で呼んだことに怒りなんかわかない。蔓木を、今さら名前で呼ぶ気はなかった。俺にとって蔓木は蔓木で、比奈というかわいらしい名前で呼ぶ相手ではないのだ。

「何もねえって。何でそこで蔓木を出す?」

「お前が元気ないのって、比奈ちゃん絡みだろ。違うか?」

 何でもお見通し、そう感じた。明隆から見れば、俺は元気がないように見えているのか。

「もしかして、俺が比奈ちゃんって呼ぶのに怒ってる? お前もかわいいとこあんじゃん。ちょっと気持ち悪いけどな」

「勝手に言ってろ」

 無駄にしゃべれば明隆のペースに乗せられるとわかっているから、会話を断ち切った。

 蔓木を下の名前で呼ぶ気はない。少なくともそれが、今の俺の気持ちだった。


 日に日に暑さは増していく。それと共に、蔓木の体調は悪化の一途をたどり始める。ただの風邪が悪化し肺炎になっては学校を休む、そんなことを繰り返した。

(ふじ)(おか)くん、ちょっといいかな」

 担任が俺を呼んだ。帰りのホームルームは既に終わっており、教室にいるのは俺を合わせても五人ほどだった。

「何すか」

 進路のことだったら、逃げ出そうと思っていた。体育しかできないようなばかの俺に、行ける高校があるとは思えない。だから、進路希望票は無記入のまま、つい昨日学級委員に回収された。そのことを問われるなら、この場から一目散に去ろうと決意している。

「蔓木さんに、これ、持って行ってくれないかな?」

 担任の手には、ここ一週間分のプリント類があった。保護者へのお知らせの類から、各教科の復習や予習のものまでありそうだ。結構な分厚さである。

 でも、何で俺?

「委員に頼めばいいじゃないすか」

「そんなこと言わないの。これやってくれたら、進路希望票のこと、今は黙っとくから」

 この教師、ずるいというか、何というか……。しかも、いつかは言うんだろ。親にばれたくねえってのに。

「じゃ、お願いね」

 そんな言葉と共に、俺の手の中には大量のプリント類がいた。


 病院、という場所は苦手だった。あまり世話にならない場所だし、薬品独特の匂いがあまり好きではなかった。こんな用事さえなければ、絶対に訪れないはずだ。

 そう思いながら病室に入ったせいか、そう思っていたことを蔓木にすぐ見抜かれてしまった。

「こんなとこ来たくなかった、って顔してるよ?」

「何でもお見通しなんだな」

 肌の白さが増している気がした。そんなことを思う自分に恥ずかしくなった。異性の肌の白さに気が付くなんて、まるでそいつを気にしてるみたいじゃないか。そんなこと、断じてない。蔓木はただの幼馴染みで、俺の保護者みたいなもんなんだから。

「十年以上、一緒にいるもん。むっちゃんの考えてること、少しはわかるつもりだよ?」

 そう言って笑ってみせる蔓木は、どこか元気がないように見えた。そのことに気付きたくなくて、俺は大量の紙束を蔓木に差し出す。

「これ、担任から預かってきた。お知らせとか、授業のプリントとか、そういうもんだと思う」

「うん。ありがと」

 受け取った蔓木は、俺を見て笑ってみせた。無理をしているような、そんな表情に俺はうっすらとした(つか)みどころのない不安に包まれる。

「むっちゃん」

 凛とした響きの声を、俺は聞きたくなんてなかった。耳を塞いでしまいたかった。

「私のことは、忘れてね」

「は? いきなり何言ってんだよ」

 唐突な言葉だったけれど、本当はわかっていたんだ。この後に続く言葉も、こいつが抱えているものの重さも、何となく感じていたんだ。なのに俺は、信じていた。ばかみたいに、この平穏を疑わないで生きていたんだ。束の間の儚いものだと、少しは感じていたはずなのに。

「今年の花火大会、またむっちゃんと行きたかったんだけどね」

「やめろよ。そんな冗談、まじでおもしろくないから」

「うん。冗談ならよかったのに、ね」

 笑顔のままの蔓木と、それを見てる俺。俺は一体、どんな表情で蔓木を見ているんだろう。

「昨日ね、言われたの。今年の夏は越せないだろうって。むっちゃん、わかるよね、この意味」

「わからねえよ」

 わかるよ。わかるけど、わかりたくなんてないんだ。こいつが、蔓木が、もうすぐこの世界からいなくなってしまうなんて、認めてしまいたくないんだ。

 夏を越せないっていうのは、きっとそういう意味だから。

「だからね、私のこと、さっさと忘れて幸せになってよ。ね?」

 何言ってんだよ。忘れろ? 俺の中にこんなに大きな存在感を残しておいて? ふざけんな、そんなこと、できるわけないだろ。お前のことを忘れるのが幸せなら、そんな幸せ、俺はいらない。だから、消えたりなんてしないでくれ。

 行き場のない言葉は、宛てるべき相手へと向けるわけもいかないものばかりだった。溢れそうなのに、ぎりぎりのところで留まって、俺の心内を圧迫していく。

「そんな顔しないでよ。むっちゃんは本当に……」

 無理して笑う、そんな顔を見ていることができなくて、俺は無言で病室を飛び出していた。

 もう、蔓木に会いになんていけない。行きたくない。あんな顔を見てなお、普通に接するなんて無理だ。絶対にできない。だからもう、あいつに関わるのは避けよう。

 そんな臆病さが嫌で、俺はただ走って病院から逃げ出すしかなかったんだ。


 夏休みが始まって二週間。手つかずの課題が、机の上に山積みになっている。

 あれから一度も蔓木の元へ行かないまま、時間は絶えず流れていた。中学生として最後の夏休みは、俺にとっていつもと変わらないぐうたらな毎日だった。

(むつ)()! あんたに電話よ」

 ノックもせずに部屋の戸を開けたお袋は、コードレスフォンを握っていた。俺は眉間に皺を寄せてみせる。

「ノックしろよ」

「比奈ちゃんのお母さんよ。さっさと出なさい」

 電話を投げて寄越して、お袋は部屋を出て行った。何とかキャッチして受話器を耳に当てる。

「もしもし。睦樹です」

『睦樹くん?』

 少し掠れた、蔓木の母親の声。久しぶりにこの声を聞いたと、どうでもいいことを思う。

『今、お家?』

「ええ、家にいますけど」

『ちょっと、出てこられないかしら。迎えに行くわ』

 少し迷う。別に何も用事はない。でも、あいつに会いたくなかった。

 そんなこと、蔓木の母親に言うことはできなかった。

「わかりました。門の前で待ってます」

 そう言って通話を切った。

 蔓木の身に、何か起こったんじゃないか。そんな不安に塗りつぶされそうになりながら。


 蔓木の母親の運転する車で、蔓木の入院する病院まで辿り着いた。車内では、俺も蔓木の母親も無言で、重い空気が身体に張りつくようだった。

「あの子に、会ってやってくれる?」

 病室の中には、あの日よりも色が抜け落ちたような肌の蔓木がいた。痩せたのかもしれない。痛々しい姿のそれを、俺は蔓木と思いたくなかった。

「むっちゃん……?」

 掠れた弱々しい声。そこに、何かと俺の世話を焼いていた幼馴染みの姿はなかった。

「お母さん、何で……」

「睦樹くんにぐらい、ちゃんと言いなさい」

 そう言い残して、蔓木の母親は病室を出て行った。真っ白な空間に、置き去りにされた気分になる。仕方なく、ベッド脇にあった椅子に腰掛ける。

「ひさしぶり、だな」

 何と言っていいのかわからなくて、そう切り出した。

「何で来たの……?」

「来ちゃ悪いかよ」

 もっと、気が利いたことが言えるなら。

 この気持ちを、言葉にできるなら。

 なあ、蔓木。忘れるなんてできるわけがないだろ?

「蔓木、忘れろなんて本気で言ってんのか?」

 今まで向き合おうともしなかったんだ。この気持ちを、自分で信じたくなくて。

「本気で、忘れてもいいって思ってんのか?」

「そんなわけないじゃない!!」

 その痩せた身体のどこからそんな叫びが出たのか。そう思うほど、蔓木の声には色々な思いが滲んでいた。悔しさ、哀しさ、怒り――。それらを混ぜて包んだような声だった。

「この先もずっと、むっちゃんといたい。でももう、無理なの。私がどれだけ生きたいと思っても、身体はもう限界なの。でも、むっちゃんは私がいなくなったら、私のこと思い出して自分の幸せ失くしちゃうから……。そんなの、絶対いやだ。私のせいでむっちゃんが幸せにならないなら、私のことなんか忘れた方がいいでしょう!?」

「蔓木……」

 忘れろの裏側。それはそのまま、消えていこうとする蔓木の願いだ。

「本当はずっと、むっちゃんといたいのに――……」

 叶わない願いだと、蔓木はもう諦めているのだろうか。本当に、そう思っているのか。

 訊いてもきっと、蔓木は答えてはくれないだろう。それに、これ以上追い詰めることはできなかった。

「蔓木」

「こんなときくらい、名前で呼んでよ……」

 ドラマの中なら、男が病床の彼女を優しく抱きしめるシーンだろう。しかし俺には、そんなことをする勇気はなかった。顔を覆って泣く蔓木を、ただただ見つめていることしかできなかった。


 二日後。蔓木は家族に見守られ息を引き取った。俺はついに、蔓木を名前で呼ぶことはなかった。そしてあれから、病院に寄ることもしなかった。だから、蔓木がどんなふうに死んだのかはわからない。俺の中には、穴の開いたような喪失感と、そしてあの約束だけが残った。

「忘れてね、か」

 喪失感は、蔓木との思い出の証に他ならない。それでも、これがあいつの願いなら、俺はそれに応えよう。蔓木の最後の願いを、叶えよう。

 俺の手には、蔓木と過ごしてきた時間の記録があった。写真に始まり、誕生日にもらったプレゼント、小学校の卒業アルバムまである。その全てが、蔓木との時間の証だった。それらを段ボール箱に詰め、地面に置いた。

 思い出を忘れるには、こうする以外に俺にはいい方法が浮かばなかった。

 マッチを擦り、火を点ける。それをそっと、思い出に近づけた。鮮やかな炎が上がり、這いずり回るように揺らめく。

 なあ、蔓木。これでいいよな?

 燃えていく思い出達は、細い筋を生んで空へと昇っていく。見上げた空は高く、晴れやかな夏の色をしていた。

 短編『(ぼう)(きゃく)(やく)(そく)』、読んでいただきありがとうございます。

 この話のテーマは、「この世で最も辛く苦しい約束とは何か?」です。その答えのようなものを、自分なりに表現してみたつもりです。

 とまあ、この話はおもしろくはないので中身をこれ以上語ってもそれは変わりませんよね。裏話でも披露するとします。

 主人公のむっちゃんこと睦樹くんはですね、元々別の作品に出してた名前なんです。そのときのポジションは、主人公の弟で末っ子でした。でも、その話をボツにしまして。名前は気に入ってたからここで使っちゃいました。

 比奈ちゃんは、睦樹くんの名字である藤丘と合わせたら熟語になるようにしようと思ったんですけど、付けて思いましたよ。くっ付けるなら、“(つる)”じゃなくて“(くず)”ですよね。でも、蔓木ってかっこいいと思うしいっか。実は、同じ読みでもこの“鶴来”にしようか迷ってたんですけどね。

 まあ、そんなわけで、結局暗い話がすきなんですね私は。

 とりあえず、むっちゃんには「一回くらいは名前で呼んであげなよ」って言ってやりたいです。結局呼ばないままでしたからね。

 とにもかくにも、読んでいただきありがとうございました。今後も頑張ります!

 ってあれ? 明隆について一言も書いてないですね。まあ……別にいいか。

 そんなわけであらためて。読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 名前を呼ばなかったのが、かえって睦樹の揺れる気持ちをよく表していますね。 思い出を燃やすことで、かえって思い出は彼の心に刻まれてしまったのではないかな、私はそう思います。
2019/02/06 16:56 退会済み
管理
[良い点] 感動した
[一言] 他の方も書かれていますが、『忘れてほしい』という約束は、裏を返せば約束を守っている限り決して忘れられません 何故自分はその約束を守る際に、必ず彼女の存在がいるからです 本当に忘れてほしければ…
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