世界の始まり
見慣れない、天井が見えた。
手動で再起動されたのだということに気がついて、私は驚愕した。私は、本格的におかしくなる前に、休止モードに移行したはずだった。
こんなことが出来るのは、私を作り上げた、あの男しかいない。だが、私を目覚めさせた人間は、見たこともない服を着た女だった。
「貴女は……?」
上半身を起こして、私は女を見た。
「私の名前はビアンサ」
女は金髪をかきあげ、青い目で私をじっと見つめた。
そして、満足そうな表情で口を開いた。
「悪いとこは、すべて直したわ。……さぁ、私の部屋を、掃除しましょう」
「はい……?」
私は女の言葉に耳を疑った。聞き間違いでなければ、部屋を掃除しろと聞こえたような気がする。
「じゃなきゃ、誰があんたみたいなポンコツを直すのよ」
それから、彼女と色々あったが、とりあえずゴミ屋敷に、この身を埋める羽目になるのは免れた。
「これは……」
「あぁ、それ? 私のご先祖様よ」
ゴミの中から出てきた、埃だらけの写真立てに私は惹かれた。古びた写真の中には、赤ん坊を抱いて笑う女性がいた。
「マリア……」
それは私が、眠る前に育てた子だった。あれから無事に、子どもを産むことが出来たんだなと、私は感動した。
「あぁ、そういえばアンタって、ご先祖様と何かあったのよね。……お祖父ちゃんに、これをもらう時に教えて貰ったわ。たしか、ここに…」
ビアンサは、写真立ての後ろ側に貼り付けてあるメモリのようなものを取り出した。
「でも、古いから大丈夫かなぁ」
そう呟きながら、ビアンサはメモリをパソコンに読み込んだ。
それは音声記録のようだった。
「……私は、ちゃんと博士に感謝の言葉を伝えたことがなかったわ。ねぇ、博士。こんな可愛い子供たちにあわせてくれて、ありがとう……」
ザザザと砂のような音ばかりで聞き取りにくかったけど、聞き覚えのある柔らかい声に、目が潤んだ。
どうなることかと思ったけど、あの寂しがり屋の可愛い子どもは幸せになったらしい。
「さて、このゴミを捨てに行くの手伝って」
しかし、感慨に浸る暇なく、私はビアンサから、ゴミ袋を手渡された。
「何をモタモタしてるのよ。ゴミ収集車が着ちゃうでしょ」
ビアンサの、上から目線な発言に、私は何故か懐かしさを覚えた。なぜだろう、容姿も性別も、何もかも違うのに、私を作った男に、とても良く似ている。
「ビアンサも、運んで下さいね」
「当たり前でしょ」
私とビアンサは、ゴミ捨て場を何度も往復して、ようやく片付けることができた。
「あぁー……こんなに、我が家が広かったとは!」
ゴミに占拠されていたテラスに出てはしゃぐビアンサに、手持ち無沙汰な私は付いていった。
そこで見た光景に、私は言葉を忘れて見入った。
「すごい、ですね」
そこには、コバルトブルーの海が広がっていた。
「そうでしょ? うちの村でも絶景で有名なのよ」
ビアンサは、ニカッと笑った。
そういえば忘れてたけど、あの男も良く笑う人だったな、と思いだした。
「魚も美味しいのよ。後で、リゾットで有名な店に連れて行ってあげるわ」
雲に隠れていた太陽が、その姿を露わにした。
「ビアンサさん」
「気持ち悪いわね。……何よ、改まって?」
「私は、これから、何をしたらいいのでしょうか…」
人間を守る役割も終えて、私は壊れるはずだった。今の私には、何も残されていなかった。
「ん? ……楽しんだらいいじゃない。こんなに、世界は広いんだしさ」
私は、不意に既視感を覚えた。遥か昔に、同じようなことを言われたような気がする。
「そうですね、カミル様」
「……あ、やっぱりバレた?」
私の指摘に、ビアンサは、ガラリと口調を変えて喋った。
わかっていたはずだった。私を作った男でなければ、私を直すことは不可能だということを。
……あぁ、なんだろう、この感情は。
カミルは、大嫌いな人間の筆頭だったはずだった。
それなのに、胸に熱く込み上げてくるものがあった。
「おつかれさん。……今まで、ありがとね」
頭を優しく撫でられて、不覚にも、涙が溢れそうになった。
「やることないならさ、明後日から自転車でオーガス島一周するつもりなんだけど、お前も来る?」
「……勿論です」
カミルの誘いに、私は笑顔で答えた。




