2話目 魔法についての考察と料理への試行
魔法について発動原理の確認と考察
思ったより、短期間で疲労が回復したので、食料調達とともに、魔法の検証を行うことにする。
この体のスペックは本当に非常識なのかもしれない。
さて、記憶に刻まれている魔法についての知識を実地で検証してみる。
魔法とは、各種粒子への干渉であることは、前にちらりと考察していた。この干渉の方法は、身体に備え付けられた特殊な器官が放つ”波動”によって行われるよう。場所は脳の一部と、各骨の髄に備わっている、と知識は言っている。
あちらの世界でいうところの仙骨といったようなものであろうか?仙骨とは、”仙人”と呼ばれる摩訶不思議な存在が、エネルギー保存の法則を一見無視したように見える振る舞いをみせる技術を顕現させるために必要とされる、身体にある器官で、フィクションの中の設定。おとぎ話のようなもので、仙人とはその不可思議な術によって、空を飛んだり、桃の木を瞬時に生やしたり、したと語られていた。
ともあれ、各種粒子へ干渉できる質量のほとんどない粒子、光に近い振る舞いをみせるそれを、この世界の生き物はある程度自在に放出できる、のだそうで。ただし、通常の視覚にとらえることはできないし、この波動を放っているから魔法が使えるという原理を知っているものはそもそも少数であるらしい。
魔法研究の先駆者あたりは、知っている知識であるとのこと。もっとも、彼らも、そういう波動がでているらしい、くらいのあやふやな認識で止まっている。彼らの認識とすれば、「魔力という目に見えない力が、この世界に満ちる各種精霊に働きかけて、魔法という現象を引き起こしている」といった、なんともファンタジックなもの。
ああ、”魔法”と言っているあたりで、もともとファンタジックなんだな、と納得?する。
なぜ、そのような器官が生成されているのか?という疑問には明確な答えが用意できない。しかし、どうも人工的に付け加えられた”臭い”がする。ただの勘だが、心の隅にメモ。
魔法の使用方法についての確認と考察
魔法は対象を構成する粒子すべての振る舞いを演算式に変換して記述された文を詠唱することで、発生する。その詠唱は小さな結果、ごく微量の粒子を加速させて可燃物の発火点まで温度を上げるというもの、でも優に15分ほど時間を要する。規模の大きな結果をもたらそうとすれば、それに比例して詠唱時間も伸びることとなる。
たとえば自身の体を浮かせて宙を飛ぶなどといった魔法だと詠唱に一時間近くかかることとなるらしい。それでもむにゃむにゃとお題目を唱えるだけでそれらの結果を引き起こせるというなは十分非常識。
この詠唱というもので、自身の体から放出される波動を制御して、対象の各種粒子に影響を及ぼすというのが、魔法発動の大まかな原理。なお、各種触媒は、波動の制御に心理的に有利になるシンボルであり、なくとも何とかなるのではないかと推測できる。それが、魔法の対象として必要でない限りは。ようは、火種として必要な綿ぼこりのようなものは、触媒として必要であろうということ。
それで、魔法を使用するにあたって延々と詠唱することは不便であるので、技術として、魔法の発動の準備を事前に行えるシステムが考案された、というよりは、魔法の”再発見”と同時に開発された、らしい。ちなみに、魔法使いの始祖は明らかにされていない。とある研究機関の一研究員であったとも、神殿関係の巫女であったとも言われているが、長い年月の中、その真実は歴史の闇に埋もれてしまったらしい。
そもそもは、魔法という体系づけられた知識としてではなく、感覚によって起動される、生物の個性的な能力としては、有史以前から発動が確認されていて、それを魔法という名称の技術体系としてまとめた謎の集団がそれと同時に詠唱の事前準備という技術もまた開発したらしい、とされている。
ここまで起源が謎なのは、魔法という技術が過去において社会から排斥されていた、という歴史があるから。と記憶は言っている。意図的に隠されているという疑惑あり、メモ。
思考がそれた。
魔法の事前準備の方法は、瞑想による発動領域への演算式の焼き付け。脳の一部、波動を発し制御する器官にあらかじめほとんどの演算式を記述しておき、魔法を発動する瞬間に、各種パラメタ……対象の位置情報やら、起動ヶ所やら、方向やらを演算式で音声入力し、発動させる。一度発動した魔法の演算式は記述領域から綺麗に消えてしまうことから、波動粒子そのものを記述に使用して、それをそのまま起動に使用しているのではないかと推測できる。
この事前に記述しておける領域は、訓練などにより大きくすることができ、魔法使いの実力とは、この領域の多少によって決定されることがほとんど。でその領域の広さを計るために、難度の高い魔法がどのくらい記述できるのかで、魔法使いのレベルを決定している。
魔法の難度によって瞑想による焼き付け時間は変化するものの、およそ1時間ほどで完了する。これは使用する領域の多少に依るが、かなりの割合で訓練によって焼き付け時間の短縮を行うことができる。通常は、領域の拡大と焼き付けの訓練は平行して行うので、結果として、瞑想時間はレベルに依存せず一定。
一度焼き付けた魔法は、意識的に廃棄するか、使用しない限りは永続的に維持することができる。ゆえに、一部を焼き付けなおすなどすれば、当然瞑想時間はその再焼き付け容量によって、少なくなる。ただし、瞑想に出入りする儀式は必ず必要なので、数分ほどの時間は固定値として省けない。さらには、瞑想といったくらいなので、かなり落ち着いた空間を確保しないと記述ができない。
魔法を焼き付けることを、スラングでスロットに呪文をセットするとか、ただ単にセットするとか言うらしい。そのまま”焼く”と略すこともある。まあ、表現は色々だがやることは同じ。
つまるところ、魔法は咄嗟に使うことはできなく、事前に使うものを予想して準備しておかなければいけない、ということ。
魔法の難易度についての確認と私の魔法の実力
魔法の難易度は大きく10段階にわけられる。まず最低レベルは0、これは、生活にちょっと役立つレベルの魔法がカテゴライズされている。ちょっとした火種を作る魔法やら、300mlほどの水を抽出する魔法、波動そのものを光にかえて、わずかな時間周囲を照らす魔法、など。その0レベルの魔法を基準にして、その倍の領域を使用する魔法を1LVの魔法、その倍なら2LVの魔法といったように2の乗数の数がレベルを現していく。そして、最大のレベルが9で、その領域は基準となる0レベル魔法の512倍となる。
9レベル以上の魔法は規模が大きすぎて現実的ではない上に、式が複雑になりすぎて、構築や制御が事実上不可能に近い。理論的には存在する。
理論的には、個人が確保できる領域の限界は、0レベル魔法換算で一万回に達するが、現実的には9レベルの魔法を一度唱えられるほどの実力の魔法使いでさえ、歴史上ではまれであり、魔法を主に仕事を行う魔法使いであるなら、その領域は50もあれば十分で、一般的な生活に魔法を使用するというレベルなら3~5ほどの領域で充分。
私の使用可能領域は、15。一般人よりは優秀ではあるのものの、いっぱしの魔法使いと名乗るにはまだまだ足りない領域。ただし、粒子の振る舞いを記述された式の内容をあちらの知識によって補完できるので、アレンジが可能……かな?さて、では試行してみる。
食材を確認
およそ、半世紀から100年ほど前の新鮮な野菜?がある。根菜と葉物。芋と玉ねぎとカブ、これはレタス?白菜?のようなもの。こちらの世界の正式名称も判明するが、とくに気にする点ではない。かなり品種改良がされている、魔法という技術の影響がみられるが、おいしい食材に文句はない。
調味料として、塩、おそらく。味は塩。色は白いので成分はあちらと変わらないはず。海水からの抽出でこれも魔法技術を使用しているので、白い。適度ににがりを残しているので味も深い。だしとして使用できる干した魚も発見……いわゆる鰹節のようなものや、いりこなども見える。トマトのようなものもある。グルタミン酸かそれに準じるものは、どうやら、こちらの世界にもあるよう。出汁は大丈夫。
それどころか、発酵食品も保存されている。これは状態保存の永続魔法で、発酵をちょうどいいところで止めている?いや、この味噌や醤油の入っている容器が魔法の道具?なのか?豆板醤に、胡椒など各種スパイス、えとせとらえとせとら。
あちらの世界に照らし合わせると、食文化的には、西洋にとどまらず、東洋、中華、インド、南米、など節操のないチョイスになっている……。これは、この研究施設で私を作り上げた魔法使いの趣味。こちらの世界の食材の種類はあちらの世界のそれとくらべても、遜色無く、それを広範囲に収集したていた、というこの研究所の魔法使いに関する記憶がある。食道楽。そのせいで食料保管庫の保存設備は非常識なまでに高性能。
とりあえず、消化器官として未使用である各種器官へのテストを兼ねて、消化に良いおかゆを作成する計画を立てる。穀物類には当然コメもある、しかもジャポニカ米に近い種。精米していないものが大半、しかし精米済みで状態保存してあるものもある。
調理器具や食器、鍋やら包丁やら陶器の器やらを確認。こちらも状態保存の魔法が掛けてある。この研究施設の魔法使い、食に掛ける情熱は、やはりなかなか高かったらしい。
魔法の試行、まずは瞑想(改造しつつ)
魔法使いの私室に戻り、使っていた魔法書を見る。対象の魔法、その演算式を焼き付ける為のページを開き、瞑想状態に入る。この呪文書というものは、演算式を直接書き記したものではなく、瞑想によって、焼き付けるための映像的シンボルとしてデザインされている。これは、焼き付けに使う時間を大幅に短縮する仕組み。故に、読み解くのはかなり演算式の内容を理解していなければ不可能で、およそ大多数の魔法を使うユーザーは、丸写しをしたそれを、意味も理解せず機械的に使用している。
今回”スロットにセット”する魔法は、水をお湯にする魔法、そのアレンジ。瞑想の段階で演算式を直接書き換えて、調理用の魔法として改良する。対象の分子を加速させる速度を落として、広範囲に、持続時間を長く。本来は数十秒で沸くところを調整する。通常は0レベル相当の魔法だが、アレンジの分容量を食っている……およそ2倍か?
15分後、恐らく成功。では試行。キッチンへ移動。
魔法の試行、対象はなまごめと水
底の深い陶器の器に生米を入れ、水をそそぐ。硝子のようなものでできた蓋をする。そして、先ほど準備した魔法の最後のセンテンスを唱える。時間と規模は既に演算式に盛り込まれているので、対象を決定、しばらくするとぐつぐつと煮え始める。かたかたと硝子の蓋が蒸気で踊るが、温度上昇範囲を広目に設定しているので突沸は防げているよう。およそ30分ほどして、おかゆらしきものが完成。
魔法の領域への焼き付けと、発動には問題なし。どうしよう、これ、本当にできました。われながら非常識な。体力の消耗もほとんど無し、この熱量はいったいどこから出現している?現象のもととなる波動物質の生成で、少々瞑想時に疲労感がある程度だけど、結果に見合わないよう。エネルギーへの変換効率が良すぎる。なるほど、ロスが極めて微小、というのがこの技術の秘密か?
興味深い。
私は、考えながら、陶器の匙で粥をすくい、息を吹きかけて冷ます。ひと口。
「お塩、お塩」調味料をとりに、食料保存庫へと、向かう。
さて、消化器系に以上がないことを確認しつつ、次はじっくりと研究施設と魔法の調査をしよう。
おかゆに、塩をふり、混ぜながら、私は次の行動を決める。