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「ある女性を、守ってもらえないだろうか。」
そう言ったアルベルトの表情は、実に形容し難いものだった。悲しんでいる様にも、怒っている様にも見える。黒木はその言葉の続きを待ったが、アルベルトはその表情のまま、固まってしまった。沈黙のまま10秒が過ぎ、20秒が過ぎる。
「アルベルト、さん?」
そう黒木が声をかけた途端、まるで動画の再生ボタンが押されたかのように、アルベルトが再び動き出した。その表情は、芝居がかった大げさな表情に戻り、演説しているかのような口調で話を再開する。黒木の中に残る明らかな違和感を置き去りにして、話は続いた。
「黒木くん、君はいつもあの窓際の席に座り、アールグレイを飲んでいる美しい女性を知っているかね?」
黒木にはすぐに見当がついた。その女性は、この2週間で3度ダスクに現れた。3度とも、アルベルトが指差した窓際に置かれたカフェテーブルの席についていた。もちろん黒木が注文を取りに行ったため、決まってアールグレイを注文していたことも覚えている。長い黒髪と対照的に白い肌が印象的な女性だった。
「ああ、綺麗な方ですよね。」
アルベルトが意味ありげにニヤリとする。
「そうだろう。黒木くんもそう思うだろう?そうなのだよ。」
何気ない一言に妙に食いつかれ、黒木は少し気まずくなり、目をそらしながら先を促した。
「で、あの方がどうかされたんですか?」
「うむ。それがだね・・・」
アルベルトが身を乗り出し、大袈裟なほど小さな声で黒木に囁く。無論、店内には奥にいるマスターを除けば二人しかいないのだが。
「どうやら得体の知れない輩に付け狙われているようなんだ。」
「得体の知れない輩、ですか」
「そうなのだよ。きっとあれじゃないかね。すとーかーというやつだと思うんだが。」
黒木はそれを聞いて思ったことをそのまま口にした。
「そういうのは、警察に相談した方が良いような気がしますが・・・」
アルベルトは待ってましたとばかりに早口にまくしたてる。
「それがそうもいかないのだ。なにせヒカリは・・・ああ、あの女性は名をヒカリと言うんだが、彼女自身はそれに気付いていないようなのだ。実害は出てないということだろう。被害者の話無しに警察には相談出来ないだろう?」
「それはそうかもしれませんが・・・」と言いながら、黒木はまた一つ疑問を口にした。
「じゃあアルベルトさんはなぜ、付け狙われていることを知っているんです?本人すら気付いていないのに。」
それを受けたアルベルトはなぜか誇らしげに胸を張る。
「それは私がヒカリの事をずっと、見ているからだよ。」
「・・・・・・」
それはストーカーが二人いる、ということではないだろうか。
「それに、警察に相談出来ない理由はもう一つある。」
疑いの目を向ける黒木にアルベルトはさらに続けた。
「私は、幽霊だからね。幽霊の言うことを、警察は信じない。」