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Dance@Dusk  作者: ヤマコ
With a Black Cat.
4/18

3

 午後からの講義が無くなり、特に大学にいる理由が無くなった黒木は新しいバイト先を探しに行くことにした。校舎を後にし、最寄りの駅へと続く道に出る門へ向かう。まだ次のバイト先は何の目星もついておらず、まずは駅前の本屋に行ってアルバイト情報誌を手に入れなければならない。憂鬱な気分でそんなことを考えながら、まさに門をくぐり表の道に一歩踏み出したその時だった。


 パシン


 という乾いた音が響き、黒木が立ち止まる。何者かが後方から黒木の頭部目掛けて投擲した分厚い辞書を、振り向きもせず後ろ手で受け止めた黒木はその何者かに言い放った。


「これは、当たったらかなり痛いぞ。」


 黒木が振り返った先に立っていたのは、猫の様な大きな瞳が印象的なショートボブの女学生で、少し小柄だがタイトな服装からうかがえるそのボディラインは男性なら誰もが振り返る様なプロポーションである。彼女こそが、先程黒木の友人が紹介を熱望していた鳳アサ子(おおとりあさこ)、その人だった。大学からこの街に来た黒木には実感の無いことだが、古くはこの辺り一帯を治めていた武家の末裔である名家「鳳家」の令嬢であるらしい。この街で生まれ育った者で、その名前を知らない者はいない、といわれるほどの権威を今も保っていると大学の友人に聞かされたことがある。アサ子はその豊かな胸の前で腕を組み、仁王立ちしていた。


「アンタにならどうせ当たんないんだから、いいじゃん。」


 自信満々にそう言ってツカツカと歩み寄って来る。長身の黒木を少し見上げる位置まで近付いて辞書を受け取りながら、ニンマリとする。


「バイト、クビになったんだって〜?」


 なぜそんなに嬉しそうなのか理解不能な黒木はぶっきらぼうに答えた。

「クビじゃない。店が無くなったんだよ。相変わらず早耳だな。」


「この街のことで、アタシの知らない事は無いんだよ。」


 左様でございますか、と肩を竦める黒木にアサ子はさらに続けた。


「次のバイト、アサ子さんが紹介してあげようか?今ちょうどクロキにぴったりの話があるんだけど・・・」


「光栄だけど、遠慮しとくよ。」

 用意していたかの様に答えを返す黒木に、アサ子はムッとした。


「なんでよ!?良い話なのに!」


「鳳の持ってくる話に乗ると大体、ロクなことが無い。」

 黒木の返答は経験談だった。アサ子もそれが分かっているのかフンと鼻を鳴らしただけで、それ以上追求してこない。


「あーいいよ。せいぜい探し回ってやっすい時給でコキ使われればいいんだ。」

 アサ子は言ってから、何かを思い出した様子で、「あー・・・」と迷う様に頭をかき「ところでさ」と続けた。


「クロキくん。君に会ってもらいたい人物がいるんだが・・・」

 もったいぶっておかしな口調で話し出すアサ子を見て、黒木の頭は嫌な予感でいっぱいになった。いやそれはもう嫌な確信といって差し支え無い。


「いやなに、君と食事をしたいという女性がだねー」そこまで言ったアサ子を遮って黒木が問いただす。


「鳳・・・まさか俺を売ったんじゃないだろうな?」


 アサ子は慌てて弁明した。

「う、売るなんてそんな大袈裟だなぁ。良いじゃん一緒にご飯食べたいって言ってるだけなんだからさー。一回ぐらいさー。」


「・・・何で買収されたんだよ」


 アサ子は明後日の方向を向きながら大きな瞳をくるりと一周させて白状した。


「課題を、ちょっとね。」


 つまり彼女は友人に黒木を紹介して欲しいと頼まれて、大学の課題を手伝ってもらうことを交換条件にその頼みを引き受けたのだ。しかし、黒木は知っていた。アサ子はこの大学でも屈指の秀才であり、誰かに課題を手伝ってもらう必要など無いはずだ。常に自信満々でありその自信に違わぬ才色兼備でありながら、基本的に世話焼きで面倒見の良い性格であることが、彼女が男女双方から絶大な人気を誇っている理由だった。


 黒木は呆れながらも少し考え、良いアイデアを思いついた。


「いいけど、一つ条件がある。鳳もその場に来るなら行くよ。」


 アサ子は少し訝しげな顔をしながらも、その条件を飲んだ。「時間と場所は追って連絡する」ということを黒木に伝えながら、アサ子はバッグから取り出した一冊の本を黒木の胸に押し付ける。


「じゃね」


 ヒラヒラと後ろ手に手を振りながら立ち去るアサ子の華奢な背中に、黒木は「助かるよ」と声を掛けた。


 黒木も駅の方向へと向き直り、歩き出す。アサ子に渡されたアルバイト情報誌のページをパラパラとめくりながら、めぼしい求人情報を探した。



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