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次の日、黒木は大学校内の中庭を歩いていた。
昼休みを終え、次の講義が行われる教室へ移動するため、中庭中央にある噴水の前を通り過ぎ対岸にある棟を目指す。空は晴れ渡り、気持ちの良い風が黒木の髪を撫でる。噴水の脇に設置されているベンチには学生と思しき男女が腰掛け、肩を寄せ合いながら楽しそうに会話していた。クスクスと笑い合う二人の前を過ぎたその時、黒木は後ろから呼び止められた。
振り返ると、同級生の男子学生が手を挙げながら、こちらに走ってきている。
「やーっと追いついた。歩くのはええよ。黒木。」
肩で息をしながら、黒木の肩に手を置く。よほど緊急の用事でもあるのだろう。
「どうしたんだよ?」
尋ねる黒木に「歩きながら話そう」と身振りで返し、友人は神妙な面もちで話し出した。
「なぁ黒木。お前…鳳さんと仲良いんだって?」
「へ?」黒木は虚をつかれて目をぱちくりさせた。質問をもう一度頭の中で反芻し、答える。
「別に、仲良いわけじゃない。」
友人は歩く黒木の前にずいっと割り込みながら訴えた。
「嘘だ!この前、楽しそうに話してるの見たぞ!なぁ・・・頼むよ。なんとかさ、その、紹介してくれね?」
黒木は呆れて肩を竦める。
「そんなことのために走ってきたのか。別に知り合いになりたいなら、自分で話しかければいいじゃないか。鳳なんか、その辺にいるだろ。」
「『鳳家』がその辺にいるわけないだろ?『鳳家』だぞ?おまけにあの美貌・・・」
「さぁ、俺は外から来た人間だし、良く分からないな。」
つれない黒木に友人は疑いの眼差しを向けた。
「黒木・・・お前まさか・・・既に付き合ってるとか?」
「それはない。」
質問が終わるか終わらないかの内に、黒木がきっぱりと即答する。
「じゃあいいだろ?な、頼むよ。飯おごるからさ!じゃな!」
「あ、おい」
呼び止めようとする黒木を放置して、友人は来た道を戻るようにまた走り出した。いくら生活が苦しいといっても、食事につられて他人を売る様なことは出来ない。友人には悪いがこの話はあきらめてもらおう。
黒木がそう結論付けたその時、走っていた友人が振り返り、大きな声で言った。
「黒木ー!午後の講義、休講だぞー!」
黒木の手からこぼれ落ちるペンケース。ベンチに腰掛けた二人は、なにがそんなにおかしいのかまだクスクスと笑い合っていた。