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彼岸の花

GONSHAN(ゴンシャン)  GONSHAN(ゴンシャン)

何処へいく

赤い 御墓の曼珠沙華(ひがんばな) 曼珠沙華(ひがんばな)

きょうも手折りに来たわいな       (北原白秋「曼珠沙華(ひがんばな)」より)

                  


赤い花が田畑のあぜ道に並んで咲いている。

その赤さは、どこか毒を含んだ鮮やかさ・・・。

その茎からにじみ出る汁は決して口にしてはいけないのだと、祖母から教わった。

どうして咲く時期を知るのだろう。その赤い色を目にすると秋の彼岸が来たのだと知らされる。


「お母さん、着物出してくれた?」

その日、私は今年から始めたばかりの習い事のために、朝からバタバタと準備をしていた。

明日は初めてのお茶会だ。いつもの練習用の洗える着物ではなく、母の着物を借りていくつもりだった。

「どれを着て行くの?」

座敷に広げられた何枚かの着物と帯を前に母が訊く。

私と母は身長も体型もよく似ていて、いい着物なんて薄給の私には到底買えないからこうして借りられるのは本当に助かる。

「うーん。もう九月だから単衣だよね。単衣ってあんまりないね」

「そうね。着られる時期が限られてるから。これは、ちょっと春っぽいかしら」

薄い水色の無地の着物を手に母も思案顔だ。

「これは?」

私が茶色の紅葉の描かれた着物を見せると「地味だ」とあっさり却下された。

あれでもない、これでもないと悩んでいると、ふと、まだたとう紙に包まれたままの着物が目に入った。

「あれも単衣?」

そっと紐をほどいた紙の中から淡黄色の絹地が現れる。

全体を見てみようとゆっくりと広げると、裾の方に緋色(あかいろ)で花が幾つか描かれている。

「付け下げね。綺麗な色・・・」

私も母もまるで魅せられたようにしばらくその花を見つめていた。

「これ、着て行こうかな」

そう決めた私の横で、こんなのどこにあったのかしら、と首をかしげる母の姿があった。



次の日、なんとか母の手を借りながら着物に黒い色の帯を締めた私は、忘れ物はないわね、という彼女の声に送り出されるように家を出た。

着付けに思ったよりも手間取ってしまった。

急がないとバスに乗り遅れてしまう。

今一慣れない、着物での早歩きに多少イライラしながら坂道を下る。

そうだ、近道しようとアスファルトの道を外れ、農道を行くことにした。

着物の裾に泥が跳ねないように注意しながら、道を急ぐ。

収穫間近の田んぼのあぜには、彼岸を知らせる赤い花が列を作っていた。


「あっ」

花に気を取られて足元の小さな溝に気付くのが遅れた。

お茶の道具の入った袋が手からこぼれ落ちる。

こんな時に限って本当についていないんだから、と誰に向かって言うでもなく文句を呟きながら袋から飛び出た道具を拾っていた時だった。

「大丈夫ですか?」

頭の上から声がする。

「あ、大丈夫です」

驚いて見上げた私の視界に若い男性の姿が入る。

「これ、あちらまで転がってましたよ」

道の端を指差しながら茶さじを手渡された。

「ありがとうございます」

自分のそそっかしさが恥かしくて、それを受け取ると慌てて袋の中に閉まった。

「足元に気をつけて」

「はいっ、あの、本当にありがとうございました」

微笑んで見送る彼に、慌ててお辞儀をしながら、私はまた急ぎ足に戻って、そこから離れていった。

どこの人だろう、この辺では見かけない顔だった。

恥かしくてあまりきちんと顔を見れなかったけれど、ちょっと私の好みの顔だったかもしれない。

どことなく父にも似ていた。

こんな事を言うと、また友人にファザコンとからかわれるかな。

少し嬉しいハプニングにニヤニヤしながら、あいかわらずの速さで歩を進めていた時だった。

すっと、傍らを着物姿の女性が通り過ぎた。

今の変な表情見られたかも、とあせりながら私は足を止めて振り向く。

しかし、彼女はそんな私に見向きもせず、早足で道を登っていった。

しばらく、急いでいるのも忘れてその後ろ姿を眺めていた私は、ふと気付く。

あれ、どこかで見た着物だ。

薄い黄色の地に、赤い花。

そうだ、私と同じ柄・・・。


「あっ」

気を取られて足元の小さな溝に気付くのが遅れた。

お茶の道具の入った袋が手からこぼれ落ちる。

こんな時に限って本当についていないんだから、と誰に向かって言うでもなく文句を呟きながら袋から飛び出た道具を拾う。

全部あるかな、と袋の中身を確かめていると

「これ、こっちまで飛んできたぞ」

近所の同級生の声がした。

「あ、ほんと?ありがとう」

よかった、と渡された茶さじを手に安堵していると

「次のバス乗んだろ?急がないと間に合わないぞ」

ほれ、と彼が手を出す。

何、と首をかしげた私に、荷物持ってやるから走れ、と言うが早いか、彼は私のお道具袋を片手に走り出した。

「ちょっと」

慌てて私も走り出す。

着物のハンディもあってなかなか追いつけない。

もう、優しいんだか、どうなんだか。

上がる息の中でつぶやいた。


彼のお陰もあってか、なんとかバスに間に合った私は、車中で走ってみだれた着物を直しだす。

そんな私を傍らで見ていた彼が、

「その柄は何が描いてあるの?」

と着物の裾の方を指差した。

あらためて何だろうと思いながら顔を上げた私の目に、バスの外を流れる景色が写った。

あぁ、そうか、この赤・・・。

「なんだ、そうだったの」

ひとり納得する私に、彼は可笑しな奴だと首をかしげていた。


まるで何処かへの道しるべのように、田畑のあぜを、彼岸花が鮮やかに、赤く、染めていた。










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