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第02話

 分かっていたはずだよ。

 別に責めている訳じゃない。

 ただ、彼女には始めから約束を守る気なんてなかったんだ。

 いや、正確には守れないんだ。

 そうでしょ?

 だからこそ、彼女の望みに手を貸したんだ。

 だったら、これは決まっていた結末。

 彼女には破滅しか道はない。

 それでも……まだ手を貸すの?

 破滅するのは彼女だよ?



*---*



「食った食った」


 腹をさすりながら一息つく。


「あれだけあったのに全部なくなっちゃったね」


 空になった発砲スチロール製の容器を片づけながら楽しそうに呟く。


「全部におかずいっぱい詰めておいたのに」

「ほっとけ。俺はよく食べるんだ」

「別に悪いって言ってないよ」


 ビニール袋にまとめた容器や紙コップを放り込む。端を縛ってひとまずおいて次に地面にひいてあったビニールシートを片づける。


「あれ?」


 彩樹は視界からゴミを入れたビニール袋が消えた事に気付いて手を止めた。


「捨ててくるぞ」


 ゴミ袋は英二が持っていた。


「クズかごのある場所分かる? 結構距離あるよ」

「向こうだったよな確か」


 英二はうろ覚えな記憶を頼りに指差す。


「うん、そうそう。ごめんね」

「もっとあちこちにあればいいんだけどな」

「あまり人こないからね、ここ」

「もったいない話だな。こんなに綺麗なのにな」


 呟きながらゴミ袋を持って歩きだす。

「私はその方が嬉しいけどね」


 小さく呟いたそれは英二の耳に届かなかった。


「だって、私は英二だけに見て欲しいから」



*---*



 しばらく歩いて、英二はようやくクズかごを見つけた。


「こういうのは不便だよな。ここ」


 人がいないからかも知れないが、それにしても絶好の花見の穴場と言ってもいいのだから、もっとなんらかの設備があっても良いだろうに。

 もっとも、そのせいで人が集まった場合、そこら中があっと言う間にゴミだらけになってしまう可能性は高い。


「まぁ、そうならない事を祈るけどな。昔からの常連としちゃな」


 昔から毎日ここに来ていた。

 桜の花の季節もそうでない時も。

 毎朝、毎晩、ランニングはここをコースに入れていて、さっき二人でいた辺りで一休みするのが決まっていた。

 彩樹と出会ってからもそれは変わっていない。

 桜の木々はずっと見ていたはずだ、英二の成長を。


『ずっと、あなたの事。見ていました』


 ふと、あの言葉を思い出す。


「ほんとにどこで俺を見たんだ?」


 首を傾げる。

 英二は彩樹の事を何も知らない。

 聞いてもはぐらかすばかりで教えてはくれないのだ。

 どこに住んでいて、どこの学校に通っているのか。

 会っている時以外はどうしてるのか、何一つ分からない。

 英二の方もほとんど気にしていなかったので結局うやむやのままでここまで来たが……。


「でも、つきあって一年だぞ。いい加減はっきりとしないとなぁ」


 本当は少しは気付いてる。

 彩樹は聞かれたくないのだ。だからはぐらかす。

 ただ、いつまでもこのままではいられない。


「そろそろ覚悟を決めるか」


 例えなんであろうとも彼女を好きでいつづけられる自信が英二にはあった。

 好きだから。

 口にすれば陳腐で言った瞬間に赤面してしまいそうだが、それが真実だった。


「だから、もう誤魔化すのは無しにしてくれよ」


 ゴミ袋をクズかごに放りこんで英二は来た方向へ引き返した。



*---*



 ビニールシートをくるくると巻いて小型のボストンバッグに詰め込む。


「よし、任務完了」


 汗を拭う仕草をして、小さく溜息をつく。


「うーん、英二遅いなぁ。もしかしてクズかご場所分からない……てことはないか」


 英二がこの辺りの事を良く知っている事は彩樹も良く知っていた。

 ……ここで彩樹として出会う前から。

 ふと、見上げる。

 英二が寄りかかっていた一際大きな桜の幹にそって上を。

 鮮やかな色彩。英二の心を魅了した薄紅色。

 しかし、彩樹の心を捕らえる事は出来なかった。

 なぜなら……


「ずっと、一緒だよ。英二……」


 幹に手を触れて瞳を閉じて呟く。


「無理だよ」


 瞬間、背中から声が聞こえた。

 ハッ、と目を見開いて振り向こうとして、硬直した。


「確か、約束の日から一週間ほど過ぎてると思うけど」


 動けなかった。振り向けなかった。

 視界の端から前方へと伸びる黒く細長いもの。

 桜の木々の合間から洩れる陽光を受けて鈍い光を放つそれは、研ぎ澄まされた刃に見えた。


「だ、……誰?」


 声に聞き覚えはなかった。

 だが、彩樹は知っている。本当は聞くまでもなく。


「代理だよ」


 その一言で全てが理解出来た。


 逃げなきゃっ!


 しかし、足が動かない。

 まるで自分の足でないかのように感覚が失せている。


「逃げ場なんてどこにもないよ」


 見透かしたように声が届く。

 全身の力を総動員して辛うじて体ごと振り向いた。

 そこにいたのは少年だった。

 まだ幼いと言って良い位の顔立ちで、目深にかぶった帽子のせいで表情は分からないが口元から笑っていない事だけは分かる。


「諦めて。悪いけど」


 淡々と、感情を込めずに少年は宣告する。


「約束は守られるべきさ。そうでしょ?」

「……」

「一応、伝言を預かってきてる」

「え?」

「もしも、全てを承知の上で覚悟を決めてるならもう何も言わないって……」


 彩樹はパッと希望に満ちた表情になった。しかし、それは続く少年の言葉にうち消された。


「でもね、僕が認めない。なぜならその約束を破る事によって誰に負担がかかるのか分かっているからね。キミも知らないとは言わせない」

「そ、それは……でも」

「たいした事でないとでも? 確かにキミ一人分の負担くらいはどうってことないだろうね。でも、どっちにしろキミのした事はルール違反さ」


 突きつけたままの黒い刃をそのままに少年は選択をせまる。


「キミが選ぶ道はそう多くないよ。自分で本来あるべき場所に戻るか……それともキミの意思を無視して封ぜられるか、だ」


 それは彩樹にとって死刑にも等しいものだったが、少年に微塵も容赦するつもりがない事は纏う空気から分かる。

 そして、もう一つの感情。怒りがある事も。


「さぁ、選んで」



*---*



 クズかごの近くに古ぼけた自動販売機があるのを思い出して少し遠回りをした。


「彩樹の奴、ひょっとして起こってるかな?」


 少し遅くなった事を心配しながら、早足で戻ってきて英二は絶句する。


「じょう……だんだろっ?!」


 それはあまりに現実離れした光景だった。

 彼女に刃を突きつける少年。

 手にしたスチール缶を放り投げて駆け出した。

 缶の落ちる音に二人は英二に気付くが、何もさせる間もなく彩樹と少年の間に割ってはいる。


「え、英二っ」


 蒼白な顔で彩樹。それは単に恐怖だけとは思えない血色だった。


「何のマネだっ。冗談にしても笑えないぞっ!」


 間近に見ても、少年の手にしている刀はおもちゃや映画の小道具には見えなかった。

 金属の鈍い光と、触れるものを重さだけで両断しそうな質量を感じさせられる。

 だが、何より英二をゾッとさせたのは少年の目だった。

 英二の言葉が届いていないかのように表情を変えず、突きつけたままの黒い刀の先端すら微動だにしていない。

 だが……

 ため息を一つつくと手慣れた動作で、どこに持っていたのか飾り一つないシンプルな鞘に納める。


「いったい、何なんだ、お前は?」


 英二の問いかけに少年は答えない。ただ、少年は英二の方を見つめる。

 否、その背後を……

 ちらっと横目で確認すると彩樹が震えている。

 すでに刀は鞘に収まっているのに、少年の方を見ようともしない。

 怯えているのは刃ではなく、少年そのものなのだ。


「邪魔をしないでよ」

「邪魔……だと?」


 まるで迷惑だといわんばかりの態度に、英二の胸の奥で怒気が膨れあがる。


「ふざけるなっ! このっ!!」

「だめっ!」

「なっ?!」


 思わず拳を振り上げた英二に彩樹がすがりつく。震えたままで。


「だめっ、だめなの……」

「さ、彩樹?」


 ガタガタと震えながらも懇願する彼女の言葉にしぶしぶ拳を降ろした。

 そして、次の瞬間ぎょっとする。

 彩樹の震えが大きくなった。


「お、おいっ!」


 もはや、それは恐怖によるものでなかった。


「あ、うっ……う゛ぁ……ぁぁ……」


 声は言葉にすらならなず、ただうめき声が英二の耳を打つ。


「おいっ!! どうしたっ! 彩樹っ!!! 苦しいのかっ!?」


 ただならぬ様子に英二は彩樹を抱え上げて走り出そうとして出来なかった。


「どこに連れていくつもり?」


 少年が立ちふさがる。再び黒い刃を抜いて。


「どけっ! 早く病院に連れていかないとっ!!」

「だめだよ」

「ふざけるなっ!」


 強引に突っ切ろうとした瞬間、鼻先を風が掠めた。


「……え?」


 頬に微かにこそばゆい感触があった。

 眼前を通り過ぎた刃に切られた前髪が頬にかすったのだ。


「どうしても……というなら切るよ」


 先程、彩樹にそうしたように今度は英二に切っ先を突きつける。


「なんだよ……なんだってんだよっお前はっ!!」

「……だいたい病院なんかにつれていってどうするつもりなの?」


 あまりに当たり前の事を言われて、一瞬言葉に詰まる。


「どうする……て、そりゃ医者に診てもらって……」


 少年は最後まで言わせなかった。


「診てもらっても無意味だよ」

「何言ってるんだよ。そんな事は……」

「だって彼女は人間じゃないから」


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