26-3 モラルの問題
桜、山吹、藤の花
考えてみれば、この六條院女の墓場×→園○で若い男といえば
夕霧しかいなかった。
だから、こんなひどい野分が吹いたりすると
あちこち見舞に参らなきゃいけない羽目になる。
まずは、育った実家である祖母の邸へ行った。
いまいくばくもおはせじ*―
そう光に断言された祖母の大宮も、なんとか生きてるようだった。
それから花散里
壊れた箇所の修繕を手配する。
心にかけて恋しと思ふ人の御事は、さしおかれて、ありつる御面
影の忘られぬを*―
しかし、美しい人だったなと思った
継母でなければ、狙ったかもしれない。
でも恐ろしいことだとも思った
同じ邸内で、父子が血で血を洗う女争い
それをしてしまった親父の心が、怖いよ。
故院がそれだけやさしかったのかもしれないけど。
紫さんの苦悶を考えても、そういう真似はできない。
花散里さんなんて、劣ってると書かれてるけど
いや世間一般のおかんなんてこんなもんじゃね
おかんに美を求めること自体高望みだと思った
愛とやさしさがあれば十分じゃん。
それでも
おとどの御心ばへを、「ありがたし」と、思ひ知り給ふ。*
あんな可愛くない人でも世話できるんだから、父上って偉いんだ…
でも妻にするなら紫さんのような美人がいいな。寿命延びそう。
とか書かれてるので
どんだけ面食いなんだよ俺、しかも冷たいし。
夕霧は我ながら嘆息した。
この時代の基準って、悲しいほど美にあるらしい。
「これもって、中宮さんとこ行ってきて」
光から消息をことづけられて、いつもの使い走り
今度は秋好中宮さんのもとへ行った。
冷泉さんの奥さんで
例の須磨明石報復の結果、朱雀さんがよこどり給はんされた人
中宮になれてよかったですね
九つ上のお姉さん女房
九つ上って…
そりゃ綺麗な方だろうけど
やっぱ中宮にせざるをえない歳の差かと。
「お久しぶりです。ご無事ですか」
「はい、おかげさまで」
中宮さんとは、小さい頃から親しくさせていただいていた。
俺の十二こ上だからね
やさしいお姉さん
昔、母同士が車争いしたりしてたけど
「ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ」
互いに母を失っているし、お后としての幸せ
中宮さんに心の隔てはなかった。
これも冷泉さんのおかげってことになるのかな
表向きすごく面白いけど、裏ではかなり辣腕な兄の姿を
弟だけは知っている。
「とても心細げでしたよ、中宮さん」
「そう、繊細な方だからね。俺も見舞に行ってこようか」
光はそう言って、着替えようと奥に入った。
つきそう紫の袖が、ちらと見える。
胸、「つぶ、つぶ、つぶ」と鳴る心地するも、うたてあれば、ほか
ざまに見やりつ。*
お、さすがまじめだな俺
いい意味での臆病を歓迎した
というか、当然の良識だよな
モラルの問題。
「昨日夕霧は君のこと見てたらしいよ。妻戸が開いていたから」
「まあ、そんなこと。渡殿の方は音もしませんでしたのに」
「あいつは忍者みたいな奴なんだよ。すばしこくて、機転が利く」
「忍者」
紫がくすりと笑った。
「とにかく気をつけてね。俺に似ていい男だから。心を移しちゃ嫌だよ」
「そんなに心配なら、ずっとそばでお守りくださいませ」
「もちろんそのつもりさ」
光は微笑んだ。
微笑みながら夕霧のことも、男として信じ、かつ警戒している。




