表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱雀と弟  作者:
第三部  母なき子よたりいつたり集ひきてあひ惑はんやしあわせ探し
91/175

24-2 何、すきなの?

うはべは、いとよき御仲の、昔より、さすがに隙ありける。*

そう、老女を争って袖引きちぎりあった頃よりかは

二人の仲はさすがに隔たりがあいていた。

まいて、中将を、いたくはしたなめて、わびさせ給ふつらさを、おぼし

あまりて*―

「だって、按察大納言の妻の娘だぜ?俺の母だって大納言の娘だった

けど、その子に夕霧で何が不満なんだよ。夕霧は将来必ずトップに立

つ男だぜ?それを若いからって侮辱してさ。失礼にもほどがある」

光はぷんぷん怒って酒をのんだ。

「だから玉ちゃんを監禁してるってのか?その報復に」

「そういうわけじゃないけど。まあ、それもある」

光の酔い顔に、蛍が嘆息する。

「お前だったらどう思うんだよ?ずっと気になってた娘が、他の男の家

に閉じ込められてたら。しかも親の皮かぶった狼に、食われそうに日々

狙われて」

「ぜったい嫌だね。そんな奴殺すわ」

「そんなことを人にすんなよ」

「先に見つけられるほうが悪いんだよ。女は早いもの勝ち、これ常識

だろ?嫌なら意地でも先に見つけだしゃいい。俺は無理やり奪い取っ

てきたわけじゃないんだよ?あっちが困ってるっていうから、手を差し

のべたら、寄ってきただけさ」

「それは詭弁だろ」

蛍今日は笑わなかった。すこし不機嫌である。

「内大臣だって問題あると思うぜ?いくら頼みにしてた弘徽殿さんが

后に立てず、雁ちゃんも春宮にあげられなくなったからって。ずっと

放置してたくせに、今になって思い出したように、はぐれた娘を探して

さ。虫がよすぎるんだよ。俺はずっと彼女を探してたもの。ずっと気に

かけてた。夕顔を亡くしてから、ずっと…」

光が黙るので、蛍もすこし沈黙した。

あの、心理テストの時の人かな

ふたりの話を聞きながら、朱雀の胸には今も

つらそうだった光の姿が思い出された。

喪に服さなかったとはいえ

あれから光は寝込んで、一時重体にまでなっていた。

もう、死にたい。

光の自殺願望をきいたのは、後にも先にも、その一度きりだけだった

ように思う。

それほど想ってたひとの忘れ形見なのだ

ほしくなるのも当然かもしれない。

「でも、お前のやり方は間違ってる。彼女が可哀想だろ」

蛍は口をきゅっと結ぶと、光をにらんだ。

「親みたいなフリして、隙あらば食おうだなんて。そんなに気に入っ

てんなら、さっさと嫁にしちまえよ。どっちつかずでうだうだしてるから

彼女を苦しめんだろが」

「へえ、あの子、お前にはそんなことまで言うんだ?ふたりだけの

秘密だって言ったのに。女って嘘つきだね」

「関係ねえだろ。お前に親ヅラされて婿候補まで集められて、結局

お前のもんにされたりしたら、いい笑いものだろうが。だからって強く

拒んでお前の機嫌損ねることもできねえし。何の拷問だよ、これは。

彼女の気持考えたことあんのか」

「やけに肩もつねえ。何、すきなの?」

「はあ?」

ここにきて、蛍の目がぎろりと光った。

「お前な、世の中の人間が皆お前みたいなやらしい目で女見てると

思ったら大間違いだぞ。俺は人道的な見地から意見してるだけだ」

「人道的だって?」

光はおかしそうに笑うと

「そんな嘘くさい言葉、兄貴の口からしか聞きたくない」

酔って赤くなった眼で逆ににらみ返した。

夜が、更けていく。


「そんなに大事なのか、お前の掟は」

蛍はふと視線をはずすと、遠くをながめた。

「女の娘には手出さねえってのは、必ず破れないもんなのか」

今のままでは可哀想だよ

ちゃんと愛せるなら。

嫁にして、責任取るべきだと思う。

「破れねえよ」

光は杯をにらむと、ぐいと一気に飲み干した。

「だって、女が生きてたらありえないことだろ?それを死んだから

はい次娘ねって、いくら似てたって、そんなの」

あまりにも、むごすぎる。

「わかってんなら、すくよかに親ぶれよ」

「それができたら苦労してねえんだよ」

光はぷいとふくれて酒をのんだ。

俺も苦しい。だって彼女可愛すぎるんだもの。

だからこそ婿を募集したんだよ

この中の誰かにあげてしまえば

この心も少しは晴れるんじゃないかと思って。

「なあ、お前もらわねえ?俺お前になら許してやってもいいよ」

「何だよその上から目線は」

蛍は軽く悪態ついたが

「今は、無理だ」

ため息つくように言った。

「何だよ、あれだけしつこく懸想してたくせに」

「お前に食われたら可哀想だから救出しようとしたんだよ」

「じゃあちゃんと救出しきってよ。俺マジで食いそうだよ。つらい

もん、じっさい」

光は背を曲げると杯をおいた

しゅんと下をむく。

掟と衝動の葛藤

相手がらうたげな美人だけに、よけいつらい。

「内大臣さんに話して引き取ってもらえよ」

「ええ、今さら?何て言うの」

「そりゃ、あなたの娘と知りながら今まで拉致監禁してましたって

事実を言うしかないだろ」

「言えないよ、そんなの」

「だから、言えないようなことをするなよ」

蛍につっこまれ、光はほうとため息をついた。

「本当は、病の奥さんを見てるのがつらかったんだろ?祈祷とか

お祓いとか、経読まれて、叩かれて、弱った奥さんがつらい目に

あうの、見てられなかったんだろ?それで…」

「そんなこと理由にならないよ。俺は彼女から逃げた。そばにいて

励ましてやることを放棄した。だから死んだんだ」

「お前のせいじゃねえよ」

「そう願うけどね」

蛍は深く息をついて、星をながめた。

「ただ、忘れられねえんだ。死ぬときまでずっと微笑んでくれた彼

女の顔が、忘れられない。ずっと覚えてることくらいしか、俺には

できないんだよ」

ぽろっと涙がこぼれるから、蛍自身も驚いてぬぐった。

夏は夜、星の頃はさらなり

たしかに今夜はよく晴れて、星がきらきら揺れている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ