21-2 きて見てさわって
三十六歳になった正月、光は六條院にいた。
年末紫が仕立てた美しい衣を、四つの町に配って
「正月に着てね」と言ってある。
それをのんびり見にいこうかな、という気だった。
好きな女を美しく装わせ
きて見てさわって楽しもうという趣向。
艶といえば艶だが
「モデルハウスか」
夕霧新年早々にべもない。
日中は、もちろん紫の部屋にいた。
薄氷とけぬる池の鏡には世にたぐひなき影ぞならべる*
自分で自分を類なきとか言えてしまうあたり
さすが光る君である。
新年なので、光も浮かれ心地だった。
愛娘を撫で、花散里と話し、玉鬘をめで、明石の対に来た。
「あの子に会いたいね。新年なんだし」
「そうですね…」
深く言わない、控えめな女のいじらしさが目にしみた。
新年早々だけど、立ち去りがたくてここに泊る。
紫怒ったかな?
まいいや、機嫌悪いのを慰めながら抱くのも嫌いじゃない。
愛しい女たちに囲まれ、光はすっかり王様気分だった。
新年の宴とかご挨拶とかすんだ頃、光は二條院にいった。
末摘花と、実は空蝉の尼さんも引き取っていた。
金がなくちゃ仏勤めもできないものね
死後の祈りまで、現世の金でまかなわなきゃならない。
「着る物のこととか、世話をやく人はいないの?綿でも重ねて着ると
いいよ。それじゃあまり寒そうだ」
光は几帳をしっかり立てて、末摘花を正視しまいとした。
冬は寒い
彼女の鼻はいつもどおり、しっかり赤く見えている。
「だって、皮衣を取られて寒いんですものごほごほ」
ごほごほ?
光は「ん?」と思った。
「どうしたの?風邪ですか」
「いえ。大丈夫に侍るごほごほ」
末摘花、面の下でそ知らぬふうを装った。
久々に被るので、息がしにくい
すこしごほごほする。
光は気の毒に思ったのか、絹や綾をくれて帰っていった。
古里の春のこずゑに尋ねきて世の常ならぬ花を見るかな*
「相変わらず失礼だなあ。世の常ならぬとは」
光が去ったのを確認しつつ、末摘花は苦笑した。
「あー苦しかった」
面を取り、すがすがしく笑う。
毛皮くらい着させてくれよ千年後おしゃれなファッションなんだからさ
「アンゴラがいいなあ」
寒そうにぶるっと震えるから、女房たちがくすくす笑った。
末摘花は、こうしてパトロンの目を欺きつつ
やはり読書に熱中している。
「あなたを仏にとられて。悔しいな」
尼というだけで、光の評価はいたく跳ね上がった。
空蝉は、美人というのではないが
薄墨、青鈍、仏前の香にも、亡き人を感じる。
「俺の方こそ仏に許しを乞わなきゃいけないくらいだね、いろいろ強引
なこともして。でも、俺くらい律儀な男も珍しいだろ?尼になった後まで
世話するなんてさ」
自分を褒めてあげたい気分で光は笑った。
だって完全なチャリティーだぜ
末摘花と同じ。手を出せないのに、面倒だけ見てやっている。
「たしかに、あなたは並外れてやさしい方ですね」
空蝉は、尼衣で淡く笑った。
「やはり、あなたを選ぶべきだったのかもしれません。継子の襲撃を
避けるため、尼になるくらいなら」
少し涙目になって、今の境遇を振り返る。
継子に襲われる、か…
ごめん、俺もしてたその過ち。
だからこそ助けたかったんだよなと思った。
空蝉を助けたって、償ったことにはならないけど。
それがどんなにつらいことだったか
父になった今ならやっと、わかる気がするんだ。




