19-8 この国いただきまーす
「だって内裏になど行きたくないんだ。浅葱を着るたび、六位だってか
らかわれるんだもの。おじいちゃんが生きてたら、冗談でもこんなふう
に侮られることはないだろうに。お父様だってやさしい方だけど、いつ
も僕をよそよそしく遠ざけて、日頃くつろいでらっしゃる御殿へは全然
呼んでくださらず、東の院だけでしかお会いくださらない。ああ、お母
様が生きておられたらなあ。こんな苦労もしなくてすむんじゃないかな」
うわ、俺かわいそう。
自分のあまりの境遇に、夕霧は涙ちょちょぎれる思いがした。
「こんな台詞言えないわ、長すぎて」
「言えないわ、じゃねえよ」
柏木が笑って、夕霧の頭をこづいた。
内大臣の息子で、弘徽殿女御の兄にあたる、いとこ友だちだった。
五つ上なのも、昔の親父と頭中将さんみたい。
ちょっと、かぶってるよ設定。
まあ柏木の方が乱暴じゃないし、いい人だけどね。
「早く行こうぜ、皆さんお待ちかねなんだろ?」
ああそうだった。
しぶしぶ参内して新年もすぎ、如月、朱雀さんとこへ行幸があった。
冷泉兄、親父、蛍さん、その他のみなさま
きれいに着飾って朱雀さんとこへ遊びに行く。
「何このフルメンバー、公式設定なん?公式に飲んでいい酒なん?」
蛍さんは年甲斐もなく、嬉しそうにはしゃいだ。
冷泉さんはにこにこ赤い服を着て
親父も赤を着てるから、ますます似て見える。
夕霧は、お題を与えられて詩を作った。
何かの試験みたい。
「あれよかったら、何かいいことあるんですか?」
「うん、きっとあるよ」
兄帝は夕霧と会えてうれしそうだった。
大学生じゃなかったらもっと召したいのに、という顔をしている。
「どうせなら、もっとびゅーんと上の位まで飛ばしてくださいよ」
「じゃ、太政大臣やる?」
「えっ、いやそれはちょっと…上すぎます。他の人の恨みもかっちゃ
うし。もすこしこう、順々にね、そのテンポを早めにってことですよ」
「ふふ、了解」
帝は心得たという顔でうなずいた。
こういう会話も、父に見えないようにひそひそするのだから
少年苦労が多い。
冷泉は楽しそうだけど。
そのうち日も暮れて、酒持てこーいという時間になった。
「前も春に、こんな宴があったね」
朱雀は懐かしそうに昔を思い出していた。
もう十数年前になるかな
光が桜の下で舞を舞って、藤壺さまにお見せして。
会えない二人の切なさが、こちらにまで沁み渡ってくるような
美しい宴だった。
「懐かしいね」
光が笑って杯をさす。
「ありがとう」
朱雀は両手を添えて、その杯を受けた。
鶯のさへづる声は昔にてむつれし花のかげぞかはれる*
お互い盛りはすぎて、今は若い子の時代だね。
光はそう詠んで微笑した。
帝になった兄と、これから加階せんとする弟の二人を
そっと見守りながら
そういう息子たちを持って幸せそうだ。
九重の霞へだつる住みかにも春と告げ来るうぐひすの声*
今日は来てくれてありがとう。光はまだまだ盛りだと思うよ。
朱雀は、お礼にそんな歌を返した。
たしかに夕霧くんは可愛いな
葵さんのというより、葵さんと光の子だから、こんなに可愛いん
だろうと朱雀は思う。
「冷泉さん、もすこし飲みましょうよー」
蛍はからんでずいと杯をすすめた。
「困ったな、私お酒は苦手なんですよー」
そう言いつつも、冷泉は杯を取って少しずつ飲む。
蛍の琵琶に朱雀は筝で、光の琴とあわせた。
ただ、和琴を弾く内大臣さんだけが、少し険しげに夕霧には見えた。
雁のことかな
それとも、后になれなかった弘徽殿女御のことか。
隠してるつもりでもすぐ顔に出るから、少年敏感に察してしまう。
その弘徽殿さんの伯母にあたる元祖弘徽殿太后さんに
光・冷泉親子は会いにいった。
朱雀に会って、そのご母堂に挨拶しないのも何なので
冷泉が気を使ったわけである。
「まあ、よくぞお越しくださいました」
太后さんは昔とうって変って、親しげに笑んでいた。
微笑のうちに、権力闘争に敗北した者の媚びへつらいが見える。
「私のような者にまでお目をかけて下さり、ありがたく存じます」
「お元気そうで何よりです」
冷泉も微笑みながら
この人母の倍は生きてるかな、こんな長生きな人もあるのにと
母の薄命を嘆いた。
「弘徽殿さん、お久しぶりですー」
光は後ろからひょいと顔をだした。
太后が思わずはっとする。
「おや、そちらもお元気そうで」
「はい、おかげさまで。俺今度、春宮さまに娘を差し上げるんで。
その節はよろしくお願いしまーす」
「何?!そなた、帝の外戚になるつもりか!」
「はい。ゆくゆくはこの国、いただいちゃいますねー」
「きーさーまー」
怒って青筋立つ太后を、朱雀と冷泉が何とかなだめて
奥へ引っ込ませた。
光はにこにこ笑っている。
「ごめんなさい、母上最近ますます怒りっぽくて」
母の無礼に朱雀が陳謝した。
「いえいえ。しかしびっくりした、あんなに挑発したら血管切れちゃい
ますよ、太后さん」
冷泉帝が心配して下さる。
「いいんですよ。そんな弱い人じゃないから」
光は上機嫌で朱雀院を後にした。
おきさきおきさき嬉しいな。
あとは一人娘を思いどおりに育てれば、俺の人生もいよいよ安泰だ。




