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朱雀と弟  作者:
第三部  母なき子よたりいつたり集ひきてあひ惑はんやしあわせ探し
71/175

19-6 夕霧十二歳

消えない跡を残すほど、すすんだ関係ではなかった

もちろん侵してもない。

夕霧十二歳、若いが分別はついている。

後戻りできるといえばいえた。春宮さまに差し上げることも。

きちんと調べればわかることだ

だが果たして、あの伯父がそれをするかどうか。

たくましく頼もしい人だが、いまいち早とちりな所がある。

女房どもの噂話を信じ、ほとぼりが冷めるまで彼女をどこかへ

閉じ込めてしまうかもしれないな

まあそれでもいいけど、と夕霧は思った。

勘違いだろうと何だろうと

時間が稼げれば、それにこしたことはない。

ただ、急速な出世が望めないのが、我ながら悲しいところだった

彼女じゃなきゃいけないってわけじゃないんだろうけど。

このままあきらめるのも惜しい。

彼女との思い出は、そのまま実家の思い出と重なった。

親と別れ、祖父母に育てられた幸福と悲哀を。

ふたりは共有している。

「お前さ、人を好きになったことある?」

「うーん。あるけど、まだ歌もよくよめないし。皆と遊んでるほうが

楽しいよ」

同い年の友人は、こう言って笑った。

惟光さんの息子で、こんな俺にもついてきてくれる従者の二代目

らしい。

「そう」

夕霧は空を見て、ほうとため息をついた。

「俺のこと、恋しいと思ってくれる?」

そうきけば、うんとうなずく

そんな程度の関係だった。

彼女の方ではまだ、結婚とか男と縁を結ぶとか

そういう意味での痛みがわかってないに違いない。

初恋は、かなわぬほうがいいのかな

春宮さまはきっといい人だろうと思った

だって、あの朱雀さんの息子だし

入内すれば后になれるかもしれない

女の最高の栄華が待っている。

俺なんかと結婚したところで、しょせん大臣クラスの妻におさまる

しかないのだから。

考えれば考えるほど、あきらめるべきな気がしてならない。

俺なんて、彼女の何を知ってるというんだろう

同じ家にいて、同じ物を食べ、同じ景色を見、同じ部屋で眠る

ただ、それだけ。

恋人というより姉弟、家族みたいなものじゃないか

だから何だっていうんだ

彼女を失うくらい、どうってこと…

自分の記憶から彼女を消し去ってみようと夕霧は試みた。

でもそうすると、十二年の人生の大切な思い出のほとんどが

消えてしまうのだった。


五節の舞の頃、美しい舞姫たちを見ようと夕霧も参内した。

今日はハレの日だから、衣も浅葱でない、好きな色が許される。

夕霧は群青を着ていった。

「夕くーん」

遠くから彼を見つけた冷泉が、そう呼ばんばかり

うれしそうに手を振った。

ちょっ、帝…

夕霧はびっくりして、わざと物影に隠れた。

あの人わざとなのか?

もう危なっかしいったらないぜ

今日は親父もくるのに。

夕霧ふうと嘆息した。

おぼえめでたいのはいいんだけど、なんか明るすぎて扱いに困る。

あれ、前見た子だな。

舞姫たちは、そのまま宮仕えするものらしかった。

冷泉兄、おおらかだが女好きは受け継いでいるようで

きれいで大人びた人ばかり、取り揃えて召す。

あの子も行くのか

ちょっと歌を詠みかけた女を想った。

すこし雁に似ていた女の子。

ほんとは雁に文したいんだけどね

それは伯父さんが許さないから、他の女で慰めようという遺伝子。

あー、これも親父の血じゃねえか

そう思うと、急に自分がうとましくなった。

瀉血でもして親父の血だけ抜けないかな

でもダメか、日々増殖する俺の細胞のひとつひとつが

半分親父でできている。

「坊ちゃん聞きましたよ、うちの娘に興味がおありとか」

もみ手して近づいてきたのは惟光さんだった。

「なんなら差し上げましょうか?ありきたりの宮仕えなんかより、坊

ちゃんに差し上げたほうがよほど安心だ」

「どうして?」

あまりにやにやしてるので、一応きいてあげた。

「だってあの旦那様の遺伝子じゃないですか。あの方はちょっと手

をつけた女でもお忘れにならない、奇特な方ですからね」

「奇特ね」

夕霧は苦笑すると

「それなら余計、帝に差し上げたほうがいいと思うよ」

手を振って立ち去った。

惟光が首をかしげている。

父の遺伝子なら兄のほうがよほどもってるさ

しかも、いいところだけを選りすぐって。

じゃ俺は何を持ってるかな

兄の取り残した、そう…生意気さくらいだろうか。

夕霧は雲井雁のことを想った。

文も出せないが、元気だろうか。

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