4-3 ほとけタイプ
「生まれ変わるなら、何になりたい?」
「花…でしょうか」
夕焼がきれいだった。細い肩をそっと抱く。
「あの夕顔?」
「はい」
「朝顔じゃダメなの?」
「朝は…苦手で」
「低血圧なんだ」
光が笑うと、女もやわらかく笑んだ。
夕陽が、沈んでいく。
「君が夕顔になるなら、俺は垣根にならなくちゃいけないな。
君を守って、支えられるように」
つよく抱いて目をとじた。
ずっと一緒だと誓う
何度生まれ変わったって、ずっと。
ふと目をあくと、あたりは真っ暗だった
彼女もいない
「どこ?」
暗がりを手さぐりで探し求めた
後ろに誰か立って
「誰だ!」
思わず太刀を抜く。
青い抜き身に女の顔が映った
悲しげに、泣いて
彼女をつかんで奥へ連れていく
「待て!」
視線の先に巨大な門が見えた
黄泉の門が黒い口で、ふたりをのみこむ
「待って…!」
追いすがるけど遅くて
ばたん!
黄泉の門は彼女を隠すと、大きな音をたてて閉じた。
……
その音で目をさましたと思った。
暗い夕暮、墨の匂いがする。
「大丈夫?」
気がつくと、目の前で朱雀がそっと顔をのぞいていた。
絹の衣が一枚、風邪ひかぬようかけられている。
「うなされてた?俺」
「うん、すこし」
ずっと気持ちよさそうだったんだけどね、と朱雀は苦笑した。
つい安心して、起こすタイミングを逃したらしい。
「すこし眠れた?」
「ああ」
「あまり寝てなかったんだね」
朱雀は起きる弟に手をかすと、ぬるめの白湯をついだ。
「お酒のほうがいい?」
「いや」
光が受け取って、ごくごく飲む。
飲み干すと落ち着いたのか、大きく息をついた。
灯火がゆれて、女房は誰もいない。
「本当に誰も来ないんだね」
「俺の自習室だからね」
光は八畳ほどの部屋を見渡して、うーんと伸びをした。
書物と調度と、その奥にきちんと正座して
朱雀が何か書きものをしている。
「日記?」
「いや、習字」
のぞくと、細かい文字を丹念に練習したあとが見えた。
「やっぱ直さなきゃいけないの?左利き」
「うん、直すというより、右でも書けるよう練習してるとこ」
朱雀は笑って筆をおくと、ゆっくり墨をすった。
うつむく頬にそっと黒髪がかかる。
「大変だね」
光は関心しながら兄の横顔をながめた。
左利きのほうが手も汚れないし、便利そうなのにな。
教育係のじいさんたちは、そういう新しさを認めないらしい。
「しつもん、してもいい?」
「うん?」
何心なく首をかしげるので、光は話しやすくなった。
「兄貴、ひとを殺したこと、ある?」
朱雀は同じ姿勢でかたまると、すこし笑って
「あるよ」
と言った。
「えっ?!」
「きみの母上をさ」
微笑がやさしく、悲しい。
「母は病だろ。殺したうちに入らないよ」
「でも、たくさんつらい思いをさせてしまったんだろうから」
申し訳ないよ、とうつむいた。
光はその背を悲しげに見つめると
「ほんと、何をしたら許されるんだろうね」
目にいっぱい涙をうかべた。
「大切なひとを死なせてしまったんだ。守ってやれなかった。俺
が殺したようなもんなんだよ、死を目の前に、何もできずに…」
朱雀は光を見ていた。
火影が、かすかにゆれる。
「何をしたらその人のためになるんだろうね、何をしたら」
俺は、許されるのか。
朱雀はじっと光を見つめると、すずりに視線を落とした。
「父上が言ってたよ。亡くなった人は誰かを恨んだり憎んだりしな
いんだって。ただ、生きてるひとのしあわせを。願って、見守って
くださる」
声がやわらかかった。やさしく、深く響く。
「その人が光の大切な人だったなら、その人のぶんまで幸せに
なることが、その人を安心させるひとつの方法かもしれないね」
目があうと、にっこり笑った。
その微笑を、ありがたく思う。
「その人のぶんまで、か」
兄に話したこと自体癒しだったと光は思った。
それを求めてここに来たのかな
前向きなアドバイスに、深く感謝する。
「よくわからないけどね」
朱雀は恥ずかしそうにまぎらすと、机に向かってしまった。
光がくすりと笑う。
「もうひとつ、きいていい?」
「うん」
「兄貴に継母がいて、若くて綺麗で慎み深くて、年寄りの親父なん
かよりずっと自分に似合う、そう思って恋しそうになったら、兄貴
どうする?」
朱雀は手とめてじっと考えていたが
「あきらめる、かな」
つぶやくように言った。
「どうして?」
「なんか悪い気がして」
「父親に?」
「いや、その女性に」
「女に?」
光はけげんな顔をすると、ずいと朱雀につめよった。
「なんで?二人は想いあってるんだよ。親父なんて待ってればその
うち死ぬ、そうしたら二人の天下じゃないか。公にできなくたって、
秘め事は隠れてでもできる」
朱雀は光の真剣な眼差しに微笑をかえすと、悲しげに目を伏せた。
「なんか、こわくて」
「何が?変なうわさを立てられて、後世に恥をさらすのが?」
「いや、女性を悲しませるのが」
泣かせるんじゃないかと、こわいんだ。
その答えに、光はつと止まった。
朱雀はまだ、考えている。
「二人の男に言い寄られるのはただでさえつらかろうに、それが父
と息子では、何というんだろう、その、胸が張り裂けそうに思うんだ。
どちらを立ててもつらいというか…心がこわれるんじゃないかって、
その人を泣かせて苦しませるんじゃないかと思うと、こわくて」
俺にはとても、できそうにない。
光は乗り出していた身を戻すと、すこし横を向いた。
「あきらめるなんて、できるの」
「わからない」
「やらずにあきらめるなんて、ずるくない?」
「うん、逃げだね」
それがあまりに堂々としているので、光は苦笑してしまった。
「兄貴は、逃げる自分から逃げないんだ」
そうやって女を守ろうとする。
かっこいいとすら思った。
「ん?」
朱雀は、逃げる逃げないの意味が難しいのか
首をかしげて「んー?」とうなっていた。
「いいんだよ」
その肩を、光がぽんとたたく。
「それ、何かのテストなの?」
「うん、心理テスト」
光はうなずくと
「兄貴は仏タイプということがわかったよ」
ほがらかに笑った。
「ほとけタイプ?」
「うん、やさしいけど、女にもてない」
「そんなこと、はじめからわかってるじゃない」
「わかってるけど。確認だよ、かくにん」
「もう」
苦笑しつつ、光が笑ってくれてよかったと朱雀は思った。
「そろそろいくね」
光がおいとまする。
「あまり無理しないでね。休みたかったら、またおいで」
「うん、仮眠室にちょうどいいや」
光は生意気そうに笑うと、手をふって行ってしまった。
忙しいんだろうな…
その背を見送りつつ
父上からは召されるし、女性にも会わなきゃならないし
若いのに大変そうだと朱雀はその身を案じた。




