19-4 葵の子
「ちょっと、気安く殴らないでくださいよ。親父にも殴られたことないのに」
「お前の親父はお前に興味なさすぎなんだよ。お前は葵の子なんだから、
俺の甥にあたるんだぜ?少しはかまってやんなきゃ可哀想じゃねえか」
「いいですよ、そんな気づかい」
夕霧は迷惑そうに眉をしかめた。
「勉強もいいが、たまには顔出せよ。光なんてこんなふうに遊んでばっか
だったんだから。まあ今も変らんがな。面倒な政務は全部俺に押しつけ
やがって。おかげでこっちは暇がないよ」
言いながら、内大臣けっこう嬉しそうである。
「ほんと、あんなに女に一生懸命な奴も珍しいよな。地位より女、名誉よ
り女。今度は何やら、六條にでかい邸を建てるらしいじゃねえか。女だら
けの極楽御殿をさ」
「あれはあの人の持病ですから」
夕霧は冷たく言い放った。
極楽だか地獄だか、わかったもんじゃない。
「まあ、今日は楽しんでいけよ」
そそのかされて、美しく笛を吹いた。
吹きながら、几帳に映る影を見つめる。
その向こうの少女。
めんどうな恋はしたくないが、どうしたもんかな
祖母のもとで、ともに育った人だった。
二つ上のいとこ。
かわいいのはかわいいが。
夕霧、まだすこし考えている。
「かしこがり給へど、人の親よ」*
その噂話に、内大臣は足を止めた。
自分のことを言っている。
夕霧と、雲井雁が…?
さっと青くなった。
それから血が上って、かっと赤くなる。
なんて手の早い奴だ。親に似て。
いらいらして邸を出た。
あの子は春宮にやろうと思っていたんだぞ。
自分の娘でなく梅壺が后に選ばれて、ただでさえ悔しいのに
光の奴、またしても…
気が立って眠れなかった。
この人は昔から、光に負けたくないという気が強い。
それで自ら挑んで、いつも負けてしまう。
だが、我が子が后に立てなかったことは、本当に悔しかった。
一番先に入内させた女御だぞ?帝の覚えもめでたい。
年も近くて、一番愛されてたはずなのに。
弘徽殿女御と呼ばれたが、何か先代弘徽殿の不遇と重ならないで
もなかった。
だからあの子にリベンジをかけてたのに…
小さい頃から祖母の家で一緒に育ったとはいえ、いとこ同士の結婚
なんて、ありふれすぎていると思った。
祖母さん気づいてなかったのか?
それとも気づいてはいたが、可愛い孫同士のことと思って放置してた
のか。
俺の娘を勝手に縁づかせやがって。
内大臣はいらいらした。
腹が立つとおさえきれず、一言いわずにおれない。
「どういうことです?あの二人はどこまでいってるんですか。あなたに
任せれば安心だろうと思っていた俺が馬鹿だった。夕霧のためにも
よくないでしょう?こんな身近な縁組は。光もどう思うか。俺に一言相
談してくれれば、対処のしようもあったのに」
をさなき人々の心にまかせて、御覧じ放ちけるを、心憂く思ひ給ふる。*
えっ、私?
祖母の大宮は驚いて、目をまるくした。
「私だって初めてききましたよ、そんなことは。誰が言ったんです。本
当なの?」
「本当も何も、女房たちまで噂しあって笑ってますよ。腹の立つ」
内大臣は怒ったまま行ってしまった。
今度は娘の部屋に行って、女房たちを責める。
「お前たちも知らなかったのか?誰か手引したんじゃあるまいな」
「そんな、滅相もない。他家の男なら寄せ付けたりもしませんが、ずっ
と一緒にお育ちになったんですもの」
「大宮さまも可愛がってらっしゃるし、わざとお二人を離すようなことは
できませんわ」
「うわついた男なら警戒もしますけど、夕霧様はとてもまじめですから。
夢にも思いませんでした」
何が夢にもだ。それが奴らの手だろうが。
内大臣思うが、今さらどうしようもない。
「とにかく、このことはしばらく黙っておけ。あの子はうちに連れて行く」
そういって、ぷいと立ってしまった。
娘も子供っぽく、何を言っても理解しなさそうなのが、重ねて悲しい。
「どうしたらいいんだ、お前のためには…」
嘆息しながら出て行った。
一方祖母の大宮も、自分のせいにされて悔しく思っていた。
思いつつ
あの子も、もうそんな年頃になったのねえ。
夕霧を可愛く思う。
葵が死んで十余年、ずっと夕霧だけを形見に愛してきた祖母だった。
葵のぶんまで、可愛さは身にしみている。
何よ、えらそうなもののいい方をして
もともとそれほど気にかけていなかった娘じゃないの。
それを私があそこまでにしてやったから、春宮へあげてもいいなどと
思い始めたんじゃないか。
春宮をのぞけば、夕霧より優れた男などいませんよ
姿かたちも、親にもまして美しい。
だってあの子は、葵の子なんですから。
そう思って、内心では息子を非難していた。
夕霧の知らぬところで、騒ぎが大きくなっている。




