18-1 十年目の浮気
十八.朝顔
「男と女の友情が本当に成り立つと?お思いなのですか」
「思っていましたわ」
朝顔の斎院はそう返した。
「あなただけは、私をただの女とは見ないと信じていた」
その言葉を、光はまぶしそうに受けとめる。
「恋がお嫌いなのですね」
「だって、あまりありきたりですもの」
「ありきたりではかない。すぐ燃え尽きる?」
「ええ。友情は永遠ですわ、死んでも消えない」
「それはどうかな」
光は苦笑してしまった
死んでも消えない情などあるだろうか。
「俺もそういう友を二、三もっておりますが、女との間には無理
そうです」
光は友人らしく率直にこたえた。
「友を守るのに死を選ぶのはよくあることですが、女を守るために
死ぬことはできません。生きていないと、守ってやれませんから」
その答えに朝顔は沈黙した
この方は変ったな
女に対する考えが変ってきている。
攻めるものから守るものへ。奪うものから与えるものへ。
年を重ねて、もう立派な一家のあるじになっている。
だから女房たちがなびくんだと思った
父宮が死んで経済的に苦しいこの家では、誰もがこの縁談に賛成
している。
彼女の身を差し出すことで、生活の安定をはかろうとしている。
神の次は男に仕えるのか、と朝顔は思った。
そんな位置にいなかったから、ふたり経済的に独立していたからこそ
交わせた余裕ある消息も、これからは無理だろう
養い養われる間柄に「もののあはれ」を漂わせることは、私にはできない。
それはあまりにも、男の気をひこうとする惨めな行為である。
朝顔は、ますます結婚をありえないことに思った。
どうせこの歳まで独りできたのだ、質素でもいい
ただ高尚に、男に振り回されぬ気持だけを、死ぬまで保ちたく思う。
紫が光と結婚して、十年がたとうとしていた。
それでもまだ二十四だったが
この間、光が須磨、明石に流されたり
隠し子出されたりといろんなことがあった。
それでも耐えてきた彼女は、都一の好色男を落ち着かせた人物として
有名だし、尊敬すらされていた。
あの光源氏を魅了してやまない女性とは、どんなすぐれた人物なのか。
影ながら、そんなふうに噂されている。
だからこそ嫌だった
今さら自分より気高い朝顔に懸想されるのが、本妻として、どうしても
看過できない。
だが、いつものように恨み言を言うこともできなかった
本気の嫉妬であるだけに、冗談めいた言葉がかえって出てこない。
ただ、むっつり押し黙ってしまう。
うわ、雰囲気悪…
光もその空気に耐えかねて、内裏に泊ることが多くなった。
仕事の忙しさにかこつけて、すこし距離をおく。
「ちょっと出てくるわ」
雪がよく降り積もった夕暮れ
光はそそくさ支度して、出がけに紫の部屋をのぞいた。
みもやり給はず、わか君をもてあそび、紛らはしおはする側目の、ただ
ならぬを*―
たしかに、ただならぬ気配だった。
「そう怒るなって。あまり一緒だと君も飽きるだろ?たまに外泊するだけ
だよ」
そう言って、取り繕う。
「本当に、馴れていくとつらいことが多いですわね」
紫はそう言って、ぷいと横を向いた。
あらら、こりゃ完全にご機嫌ななめらしい。
可哀想かなと思うけど、約束もしてあるし、光は朝顔の邸へ向かった。
雪の光に、いみじく艶なる御姿を、見いだして、「まことに、離れまさり
給はば」と、しのびあへず思さる。*
本当は「行かないで!」とすがりつきたかった。
本当に、他の人を好きになってしまったら
心が移ってしまったら
そう思うと、怖い。
紫は胸が締めつけられるように思った。
自分が幼くて、この人と結婚する前からこの人にまとわりついて
他の女たちにさせてきた物思いの一端を、 彼女は初めて知った。




