4-2 壊れた機械
彼女の家は仮住まいで、お隣さんと近かった。
お隣は一般人で、朝からがたがた日常生活をする。
女はそれが何の音もかわからず、ただぼんやり笑んでいた
うすの音、きぬたの音、お年寄りが経を読む声
朝の露に異ならぬ世を、何をむさぼる、身の祈りにか*―
短いこの世に飽きたらず、来世までもの契りを誓う。
夜明け前、女を抱きあげ車に乗せた
なにがしの院の秘密の庭に、彼女だけを招きたい。
「殊更に、人来まじき隠れ家、求めたるなり。更に、心よりほかに
漏らすな」*
家司に口止めして彼女を抱いた
わざと何もないところを選んだのだもの
笑って疲れて眠るまで
ちぎり給ふよりほかの事なし。*
覆面をとって、夕映を見て
隠すことは何もなかった
彼女の名はわからないけれど、俺がいるからいい
ふたり抱きあってよりそえば、そこが家だと思える。
夜更けまで彼女と語らって、光はすこし寝入った。
その夢に、不気味な女が現れる。
「私を放ってこんな女に入り浸るなんて。うらめしい」
悪寒がして目を覚ました
灯火が消えている。
「紙燭を持っておいで。随身も起こして」
家司の子に命じて女のそばへ戻った。暗くて、よく見えない。
「怖がりすぎなんだよ、俺がいるから大丈夫さ」
女を起そうと手をのばした
長い髪、頬にふれる。
かい探り給ふに、息もせず*―
光は、はっとした。
「灯り、もっと近く」
家司の子は迷っていた
下の者で、座敷にあがるのを躊躇している。
「早く!遠慮も時と場合だろうが」
急いで彼女を見ると、夢に見た女が面影に現れ、ふっと消えた。
背筋に寒気が走る。
「おい、おい」
光は女を揺らした。隣に寄り添って女を揺らす。
女は起きなかった
息もない
体だけが、どんどん冷えていく。
「しっかりして…目をあけてよ」
光は女を抱きしめた
冷たくて人形みたいだった
生きた反応が、静かに失われていく。
「惟光を呼んで」
それから何時間たっただろう
千夜にも思えた
意味がわからなかった
抱き合って眠ったのは、ついさっきのはずだろ?
うそだ、うそだよ
信じない、死んでなんかない
だってまだ、こんなに美しいのに…
「あさまし」といふにも、あまりてなんある。*
女の遺骸をむしろにくるんだ
すき間から髪が、つやつやとこぼれて
まだ生きてるみたいだった
ちっとも汚れてない
ちいさく、愛しいひとのまま。
「早く二條のお邸へ、人が起きだして騒がしくなる前に」
促されるまま馬で帰った
途中のことなど覚えてなくて
一緒に車に乗らなかったことを深く後悔した
などて、のりそひて行かざりつらん。いき返りたらん時、いかなる
心地せん。*
そう、寂しいよな
まだ息返りそうだもの
糸が切れただけみたいだったんだ
息さえ入れば、また動きだしそうな気がして。
もう燃やすって段になっても、ちっとも恐ろしくなんかなかった
彼女はとても愛らしいままで
生きてる時とすこしも変らなかった
だから一生、忘れられなくなる。
「なあ…死んでなどいないんだろ?」
光は女の手を取った
冷えて、もう硬くて
「もう一度声を聞かせてよ、頼むから…声をきかせて」
光はぼろぼろ泣いた
壊れた機械は自分であるかのように。
ぼろぼろ、ぼろぼろ泣いた。




