12-1 子がやさしい
十二.澪標
「せ、い、か、ん、おめでとー!」
わあー ぱちぱちぱちぱち…
蛍はやたらにぎやかな男だった。
神無月に御八講という、父院のために祈祷しようという佛会をした。
そんな法事の宴でも、喪服で鞠蹴らんばかり、光の無事をお祝いする。
そこに官位を取り戻した左大臣側の子息も加わって
宴はにぎやか、笑顔がつきない。
「これも故院のおかげですね、本当におめでたい」
人々は口々に感謝し、喜び、墓に酒注がん勢いで騒いだ。
「お前も飲めよ」
上機嫌の宰相中将が、光に酒をすすめる。
このひとも、もうすぐ冷泉の世、つまり光の世になることを知っていて
自分の昇進も間違いないとご満悦だった。
光は軽く受けつつ、ちらと朱雀を見た。
朱雀はもうすぐ引退する身だしと思って、奥に控えめに座っていた。
目が合って、すこし微笑する。
にぎやかだね、よかったねと祝福するようだった。
父の遺言どおり、光を国の柱石に戻すことができて
御心地すずしく思しける*―
ほっとした顔でわらう。
そんな中、光は、生まれてこのかたずっと自分をある意味思い続けて
きた女性に会いに行った。
都中お祝いムードなのに、この方だけはひどく恨めしげに沈んでいる。
「はじめまして」
面と向かうのは初めてで、光は頭をさげた。
「元気そうね。磯の風は男を洗うとみえる」
太后は不機嫌そうに、すこし悔しげに言い放った。
実際くやしかった。
もともと美形な色男だったが、すこし日に焼けて、目もきらりと
男らしい精悍なたたずまいが加わっている。
ただただ恵まれて育っただけの幸福王子が、苦難を乗り越え
さらに強く、たくましくなって戻ってきたように思えた。
つひに、この人を、え消たずなりぬる事*―
「悔しいわね、海の藻屑にしてやろうと思っていたのに。しぶとい男」
太后は憎らしげに言うと、目を細めた。
「どういたしまして。母の代からのお恨み、きちんと頂戴しましたよ」
光はたいして憎む様子もなく、因縁の相手ににこっと微笑む。
「仕返しをしにきたんだろう。好きになさい。父も死んだし、私の負けだ」
太后はなかなか肝のすわったひとだった。
眉ひとつ動かさず、淡々と言う。
「ただ、あの子には手をださないでほしい。あれはやさしい子だ。この
たびのことも、私の言に従っただけなのだ。私が無理強いしたことも
多かった。あれのせいではない」
その言葉に、光は「おや?」と思った。
やっぱり母親なんだね
やさしさを感じる。
「まったく同じことを言われましたよ、帝にも」
くすりと笑って教えてあげた。
「すべて自分の責任だから、自分がすべて負うから、母のことは許して
あげてほしいって」
その言葉に、今度は母がはっとした。
「やっぱり母子なんですね、よく似てる。兄貴はいいお母上をもって、うら
やましいです」
光は笑った。
「そなたの母上のほうが、よほどいい人だったよ」
太后は声を落とすと、遠くをながめた。
「気立てのやさしい、美しい女性だった。帝が愛すのも無理なかった。
そのうちそなたが生まれ、私は焦った。私にはあの子しかいなかった」
光は黙って聞いていた。
太后が、しゃべる。
「他の女御たちも味方につけ、彼女を虐めた。それは酷いものだったよ。
私は怖かった。自分が愛されないのはまだしも、あの子までないがしろ
にされるのは忍びないと思った。やさしい、気立てのいい子なのだ。いつ
でも自分より人を優先するような、はかない、愚かな子なのだ。邪魔さ
れたくなかったんだよ、お前たちの輝きに。私は懸命に息子を育てた。
才をのばし、お前に負けぬ人間にしようと努めた。すべて位のためだ。
あの子を帝にするため…」
「愛されたかったんですね、父に。兄を愛してもらうことで、奪われた父の
愛を取り戻したかったんですね」
太后はぐっと黙った。
泣きたくなかった
敵に涙は見せたくない。
光は、もうお婆さんに近いこのひとの胸中を察した。
自分の目の前で、良人が若い女にうつつをぬかすというのは
どういう心境だろう
しかもその女に子が生まれ、とても可愛がられて
自分の子をも脅かすというのは。
すこし気の毒に思った。
控えめな女性が主人公なら、同情さそうドラマにでもなりそうだ。
まあこのひとは激烈だったけど。
そういう同情を差し引いても、この烈火性はすごいと思うけど。
「俺、仕返しは兄にしますね。兄貴とのほうが仲いいんで」
光は微笑んで言った。
「あの子はもう、私のものではないのか?」
太后が悲しげにきく。
「子ってのは、へその緒が切れた瞬間から親のものじゃないんですよ。
あなたがそう思ってこられたのは、ただ、子がやさしかったからです」
光はそう言って、太后にさよならをした。
太后が急に、老いて見える。
老後の面倒見るのを拒否された親のように、しゅんと萎えて座った。
子離れするって大変なんだなあ…
光はこれから親になることを思って、すこし切なくも、教訓にも思った。




