11-7 ヘルプミーの宣旨
朱雀が「いいよ」というのに、光が「ちょっと待って」といって
また年が変わった。
光二十八才、なかなか大人になる。
それでも、左大臣隠居、太政大臣死亡の政治空白をいつまでもは続
けられないので
「そろそろ帰ってきて。おねがいしますー」
ヘルプミーの宣旨がくだったのが、文月廿日だった。
明石の娘は、先月頃より妊娠の兆候がある。
「お前、いいのかよ」
惟光が闇の中でわき腹をこづいた。
「いいよ、もう」
良清が苦笑する。
「あの人の好色は尋常じゃないぞ。人のものまで取って喰うんだから」
惟光はうんざりした調子で、ちらと邸を見やった。
邸の中では光と娘が、例の契りを交わしてるんだろう
琴やら歌やら薄暗いけど、今までは絶えがちだったくせに
さあ都へ帰るってなったら、思い出したように足しげく通うんだから。
「貴族って奴はさ、しょうがないんだよ。自分勝手で」
惟光は自分を棚に上げてふうと嘆息した。
良清はまぶしげに目を細めると
「俺は入道に屁とも思われてなかったしね。あの方と争って勝てるわけ
もない。女はあれひとりじゃないんだから、せいぜい仕えて、いい目見
させてもらうよ」
内心複雑なのだろうが、そこは苦労人
女より主人をとるというふうに、あきらめ顔で笑って見せる。
一方の光は、別れ際になってから女の琴がきけて
もっとたくさん聞いておけばよかったとすこし後悔していた。
琴は、また、掻き合はするまでの形見に*―
自分の琴を、そっと置いていく。
「これでもう、お別れなのですね」
女がかすかに言うから
「そんなことはないよ。この絃が緩まぬうちに、また会おう」
やさしく言ってなぐさめてやった。
実際寂しくもあった
光は幼子をすすんで養育するほど子が好きなので
まあこれは女の子限定なのだが
もし女の子なら、かならず手元におきたいと思う。
そのためにもこの人を離したくないわけで
「きっと都に呼ぶからね、それまで待ってて。体を大切に。無理しちゃ
だめだよ!」
泣きそうな顔で約束した。
そうは言っても貴公子のことだから、田舎娘など捨てていくだろう
子ができるなど珍しくもないしと思い、女は涙に沈んだ。
光が残した衣の匂いだけが
たしかにその人がいたのだということを、そっと伝えている。




