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朱雀と弟  作者:
第二部  地獄へもとぶらひゆかん君が闇てらすばかりの光となりて
45/175

11-5 さよならかあさん

父と葵に祈りを捧げて、朱雀の一日は始まる。

顔を洗い身を清め、そっと手を合わせて、ふたりのことを想った。

熱心に小一時間もそうしながら、朝に弱い頭をゆっくり起こす。

今日もそうする朱雀のもとへ

「みかど!みかど!」

母太后が現れた。

相変わらずお元気で

「どうしたのです、その目は」

第一声からいぶかしげに眉を寄せる。

「すこし腫れて。大したことはありません」

朱雀は微笑して頬をかいた。

例の左眼は、あれから視界が悪くなっていた。

このまま見えなくなるのかもしれない。

まあそれもいいかな、と思った

すぐそばに父がいて、代りに見てくださっている気がする。

「そんなものを巻いて。大仰ですよ」

「すみません」

母は朱雀の包帯を非難しつつ、そばに座った。

さらしの布を髪にまきつけて、朱雀は左眼を覆っている。

「私もなんだか具合が悪い。なんだろうね、このごろの世の乱れと

いい、流された人が我らを恨んで呪詛でもしているのではないか」

母は忌々しそうに目をむいた。

こんなことでも光を疑うらしい。

まるで恐れてるみたいだな、いつも自分が上のように振舞っている

のにと思って、朱雀は苦笑した。

恋を重罪として処罰した後ろめたさも、多少あるのかもしれない。


「光る君を、都へお呼びしますね」

朱雀は微笑んで言った。

「何だと?お前、気が弱っているのか。罪人を三年も経たぬうちに

許すのは、世間にも聞えが悪いことぞ」

母はめっそうもないという調子で怒る。

「だってもう、決めてしまいましたもの」

朱雀はあっさりしていた。

あっさり笑って、やさしく、とりつく島もない。

「お前、私に逆らうというのか」

母は恨めしそうにつぶやくと、朱雀をにらんだ。

「男としての野心も欲もなく、できの悪いお前を帝にまでしてやった

この私を、裏切るというのか」

朱雀はただ微笑をかえすと、黙って母を見つめた。

顔つきというのは、生き様を映すものだろうか。

母は美しかった人のようだが、長年積もった嫉妬や憎悪が

目元口元を険しく変えている。

「私に隠してあの男と懇意にしているだろう?私にはわかっているん

だよ。あんな男と付き合って、感化されおってからに。お前は、もっと

従順で素直ないい子だったではないか。思い直して母に従いなさい」

朱雀はやさしいが、うんとは言わなかった。

「母上は、なんでもほしいのですね」

寂しげに笑って、眼を伏せる。

美しかった

その微笑に、母は息子との距離を感じた。

もう取り戻せない、過去との距離。

「母上のおかげで帝にしていただいたことは、よくわかっております。

できが悪いことも」

朱雀は言いかけて母を見た。

片方だけの、黒く澄んだ瞳。


「やはり、俺がいるだけではだめですか。あなたをご満足させること

はできませんか」

なに?!

母は、ぐっと詰まった。

何を言っているの…?

思わず、たじろぐ。

「妙な考えを起こすのはやめなさい。病など一時的なものだ、すぐ治

ります」

蒼くなって言うから、やさしいと思った。

一応心配もしてくれるらしい。

「ご希望にはそえないかもしれませんが、俺なりに孝行してみますね。

母上に、心安く暮していただけますように」

朱雀はやさしく笑むと、席を立ってしまった。

母は後に残され、途方にくれた。

何だろう、あの子は…

あの子にあんなところがあったかしら?

今まで困ったり悩んだりしながらも、結局自分に従ってきた息子が

なんだかんだ言って手のひらにいたはずの子が

今はもう、いない

手の中で温めて

私の言うようにしていればいい、私がお前を一人前にしてやる

そう思ってきた息子が

もう、いなくなってしまった気がした

命令しても断られないけど

もう、微笑しかかえってこない

やわらかく美しく笑みながら、心はすでに離れている

別の場所へ。

母は、胸が痛いように思った

いつまでも抱いていたかった大切なヒナは

もう巣立ってしまって

お前まで、私から離れていくの…?

後には何も残されていない気がした

幼い頃から大切に育て、世話してきた思い出が、走馬灯のように流れた

私の、子だったのに。

気がつくと、巣の中にはもう誰もいない。

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