11-4 なぜ泣くのだ
「朱雀、朱雀」
朱雀は、ゆらゆら起こされた。
「は…父上」
朱雀は父の出現に驚いて、寝ぼけまなこによろけつつ平伏した。
「いつまで寝てるんだ、ずいぶん疲れてるようだね」
「いえ…」
たしかに朱雀は疲れていた。
朧月夜はつよい。朱雀はねむたい。
でもまさかに「夜のいくさが続いて」とも言えないので、慎んで黙っている。
「光は須磨で死にそうな目に遭っていたよ、それなのにお前はこんな所
でぬくぬくして。けしからん奴だ。私の遺言をずいぶん違えてくれるな」
じろりとにらまれて、朱雀は返す言葉もなかった。
申し訳なさに身がちぢむ。
「さっき光に会ったよ。ちょうど嵐に遭って疲労困憊していたところでね。
光は私を見て、何か言いたそうにしていた。とてもつらそうでね。朱雀、
お前も私に隠していることがあるだろう」
言われて、朱雀は息を止めた。
思わず、父を見る。
父はもう睨んではいなかった。
かわりに、懐かしいようないとおしいような目で、朱雀を見た。
「お前たちが結託して、うまく隠し通したんだね。私も後になって知った。
お前は私に叱られるとでも思ったのか」
朱雀は黙って父を見ていた。
見つめながら、目を潤ませている。
「怒りや憎しみは一時的なものだ。後にはただ、深い反省が残る。たしか
に光を可愛がってやってくれと御簾の内に入れたのは私だったからね。
私の愛情が、ふたりを思いのほか、近づけてしまったんだろう」
父はそっと息をついた。
後悔の嘆息ではなかった。
「藤壺は死んだ更衣に似ていたが、身代りと思って愛したわけではないん
だよ。更衣のことはずっと、光を見るたび忘れたことはなかった。藤壺は
綺麗だが、娘ほども年が離れているからね。ただ一緒にいて、心休まる
人と思っていた。もし更衣が生きていたら、私は彼女を宮中に呼ぶことは
なかっただろう。光はきっと藤壺を見つけて、どんな手段を使っても妻に
しただろうね。たしかに、そうなるのにふさわしいふたりだと思う」
「はい…」
朱雀はそっと聞いていた。
涙があふれそうになるのを、じっとこらえる。
「春宮のことを、可愛いと何度も言っただろう?我ながら不思議で、光に
似ているからかと思っていたんだが、彼は子ではなく、孫だったんだね。
だからあれほど愛しかったのかと、今はわかる」
「ほんとうに…申し訳ありませんでした」
「謝ることではないよ。これも宿命なんだろう。光が必死に言おう言おうと
してくれたことが、私にはうれしかった。藤壺もさぞ心を痛めたことだろう」
父は微笑して、朱雀に再びの遺言をした。
「光を許して、都に呼び戻してやりなさい。春宮が寂しがっている。父と子
を離すのはよくないことだよ。弘徽殿もこれで少しは気がすんだだろう、あ
れは私を恨んで光にあたっているのだから。母の次は父に孝行しておくれ」
「はい」
涙がぽろぽろこぼれた。
うつむく頬に、ひざに落ちる。
「なぜ泣くのだ」
父は笑って朱雀の涙をふいた。
「元気をだしなさい、お前の御世ではないか。すこしはわがままも言って、
弘徽殿を困らせるといいんだよ。お前には光がついている。兄弟力をあ
わせ、政事を行うといい」
「父上…」
話したいことが山ほどあった。
つらく、つらくて、板ばさみに責められ、光を失って。
心細かった
父の遺言を一刻も早く実行したかった。
ぽろぽろ泣いて目を覚ますと、頬にまだその手があるような気がした。
まだ、あたたかい。
そっとふれる。
あたたかいのは血だった。
痛くはないが、左目から血の涙が出ていた。
父上…
朱雀は泣きながら微笑した。
まだ守られている気がして、血をぬぐうとそっと目を閉じた。




