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朱雀と弟  作者:
第二部  地獄へもとぶらひゆかん君が闇てらすばかりの光となりて
41/175

11-1 たすけ給へー

十一.明石

「件名:ひっこしました

それがものすごい神鳴りだったんですよ、落雷して邸が焼けちゃって。

大丈夫、あなたからいただいた笛はちゃんと持って逃げましたよ。

俺の贈った黒駒は元気でいますか。まさか風雨におびえて逃げるとも

思わないが、それにしてもひどい春雷でした。

今度からはここにお手紙ください。前播磨守の入道の家です。

われは春日のくもりなき身ぞ*―  ではまた」


光からの文を読んだ中将は、ほっと胸を撫で下ろした。

「なんだよ、人がせっかく極秘裏に見舞ってやったのに。さっさと風光

明媚な場所へ移りやがって」

かるく悪態つきつつ、光の無事を安堵する。

三位中将はこの春宰相になっていた

それでも光のことが気がかりで、一晩だけ会いに行った。

「よかったじゃないですか、俺のいない間に昇進して」

「馬鹿言え、誰のせいでこんな苦労してると思ってんだ。親父はこもる

しお前はいねえし、俺が気張るしかねえだろ。親や子や、下に使う奴

らのために、下げたくもねえ頭下げて。こっちの身にもなれよ」

中将はしんからため息をついた。稼ぎ頭は大変らしい。


「了解。早く戻れよ。そんなとこにいつまでも埋れてるお前じゃねえだろ。

翼ならべし友を恋ひつつ*―   夕霧も待ってる」

中将は別れの時と同じ歌を返してやった。

夕霧か

都を離れてもう一年たつなと思った。

光が二十七だから、夕霧はもう六つになっている。

会いたいなあ。

明石に移るまで光にもさまざまなことがあった。

浜に出て陰陽師をよんで、みそぎしたことから嵐は始まる。


最初はとてもいい天気だった。

弥生朔日、海も遠くまで凪ぎわたっている。

 八百よろづ神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ*

この歌がいけなかったのだろうか。

言い終わるか終わらないかのうちに、急に風が出て雨が降り出した。

すごい暴風。海も襲いかかりそうに波立つ。

なんとか邸にたどり着いたが、神鳴りが激しかった。

雷か…

朧月夜と最後に会った夜を、ふと思い出す。

あの子は元気かな

寂しさを隠しても、隠しきれぬところのある女だが。

人目を避けるようにして、でも文だけは絶えないのがいじらしいと思った

兄貴に溺れてるとか言ってたけど。

その朱雀からは、春宮のことをできるかぎり細かく思いやる文しか届か

ない。

恋かな?

光は、自分もはまった三角関係を思って、すこし苦笑した。


お経をよんで心を静めてみるものの、雨風は数日やまなかった。

三條院から、濡れねずみの使者がくる。

この嵐は都も同じなようで、政事すら中断しているらしい。

何ばかりの過ちにてか、この渚に命を極めむ*―

光は気を強くもつことにした。

俺は、たぶん悪くない。

そうでないと、惟光、良清も帰れないし

俺も紫に会えない。

「たすけ給へ*ー」

光は住吉の神に祈った。海の龍王にも。

俺がここで死んだら、皆泣いちゃいますよ?

ヒーローは、苦難のりこえ返り咲く

そういう運命を持っているはずだ。

そのときだった。

ばりばり、どがん!

ものすごい轟音がした。

さすがの光も呆然とする。

なんだよ、今の?

稲妻を眼で見ることはできなかった。

ただ爆音がして、気がつくと邸の一部が焼けていた。

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