11-1 たすけ給へー
十一.明石
「件名:ひっこしました
それがものすごい神鳴りだったんですよ、落雷して邸が焼けちゃって。
大丈夫、あなたからいただいた笛はちゃんと持って逃げましたよ。
俺の贈った黒駒は元気でいますか。まさか風雨におびえて逃げるとも
思わないが、それにしてもひどい春雷でした。
今度からはここにお手紙ください。前播磨守の入道の家です。
われは春日のくもりなき身ぞ*― ではまた」
光からの文を読んだ中将は、ほっと胸を撫で下ろした。
「なんだよ、人がせっかく極秘裏に見舞ってやったのに。さっさと風光
明媚な場所へ移りやがって」
かるく悪態つきつつ、光の無事を安堵する。
三位中将はこの春宰相になっていた
それでも光のことが気がかりで、一晩だけ会いに行った。
「よかったじゃないですか、俺のいない間に昇進して」
「馬鹿言え、誰のせいでこんな苦労してると思ってんだ。親父はこもる
しお前はいねえし、俺が気張るしかねえだろ。親や子や、下に使う奴
らのために、下げたくもねえ頭下げて。こっちの身にもなれよ」
中将はしんからため息をついた。稼ぎ頭は大変らしい。
「了解。早く戻れよ。そんなとこにいつまでも埋れてるお前じゃねえだろ。
翼ならべし友を恋ひつつ*― 夕霧も待ってる」
中将は別れの時と同じ歌を返してやった。
夕霧か
都を離れてもう一年たつなと思った。
光が二十七だから、夕霧はもう六つになっている。
会いたいなあ。
明石に移るまで光にもさまざまなことがあった。
浜に出て陰陽師をよんで、みそぎしたことから嵐は始まる。
最初はとてもいい天気だった。
弥生朔日、海も遠くまで凪ぎわたっている。
八百よろづ神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ*
この歌がいけなかったのだろうか。
言い終わるか終わらないかのうちに、急に風が出て雨が降り出した。
すごい暴風。海も襲いかかりそうに波立つ。
なんとか邸にたどり着いたが、神鳴りが激しかった。
雷か…
朧月夜と最後に会った夜を、ふと思い出す。
あの子は元気かな
寂しさを隠しても、隠しきれぬところのある女だが。
人目を避けるようにして、でも文だけは絶えないのがいじらしいと思った
兄貴に溺れてるとか言ってたけど。
その朱雀からは、春宮のことをできるかぎり細かく思いやる文しか届か
ない。
恋かな?
光は、自分もはまった三角関係を思って、すこし苦笑した。
お経をよんで心を静めてみるものの、雨風は数日やまなかった。
三條院から、濡れねずみの使者がくる。
この嵐は都も同じなようで、政事すら中断しているらしい。
何ばかりの過ちにてか、この渚に命を極めむ*―
光は気を強くもつことにした。
俺は、たぶん悪くない。
そうでないと、惟光、良清も帰れないし
俺も紫に会えない。
「たすけ給へ*ー」
光は住吉の神に祈った。海の龍王にも。
俺がここで死んだら、皆泣いちゃいますよ?
ヒーローは、苦難のりこえ返り咲く
そういう運命を持っているはずだ。
そのときだった。
ばりばり、どがん!
ものすごい轟音がした。
さすがの光も呆然とする。
なんだよ、今の?
稲妻を眼で見ることはできなかった。
ただ爆音がして、気がつくと邸の一部が焼けていた。




