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朱雀と弟  作者:
第一部  同じかと思ひにけるよふる夢は君がひかりに消さるまぼろし
3/175

2-2 貞操の義務

「や」と、おびゆれど、顔に衣のさはりて、音にも立てず。*

誰…?

声が出なかった

袖で顔を覆われて、声が出ない。

「こんばんは」

光は暗がりで女を捕えた

細くてか弱い。俺好みのらうたさ。

「すこしお話しましょうか」

やわらかく笑うと、小柄な女を抱き上げる。

「これは、いったい…」

見つけた女房も驚いて息をとめた。

他の男なら力ずくでも止めるのだが

帝の愛息光のすること

さすがに止めるすべがない。

光はすたすた、女を小部屋に連れ込むと

「明け方迎えにきてね」

にっこり笑って障子を閉めた。


「人妻だから、興味をもたれたんでしょう?わかっております」

女はうつむいて、小さな肩をふるわせた。

このひとは本気じゃない

ただの遊びで、抱きに来てるんだ。

さっきの動揺が悲しみに変わって、目に涙がにじんでいる。

「いと、かやうなる際は、際」とこそ、侍るなれ*―

「私のような下の女は、好きになさっていいと思ってらっしゃるんですね」

「そんなことは」

光はそっとほほえんだ。

その際々を、まだ思ひ知らぬ初事ぞや。*

「大切にしますよ、未熟者ながら」

ささやくと、女の首に頬をすりよせた。

甘い香がむっとただよう。

消えぬ証拠を残されるのではないかと、女は震えた。

「そんなに怖い?俺が」

「義務を、やぶるのですもの」

「貞操の義務?」

「はい」

「そんなにあの爺さんが好きなんだ」

「好きではないですけど…義務ですわ」

「義務ね」

光は軽く笑うと、女に口づけした。

甘い匂いに侵されまいと、女は必死に抵抗した。

人がらの、たをやぎたるに、強き心をしひて加へたれば、なよ竹の心地

して、さすがに、折るべくもあらず*―

無理やりってのは、さすがに酷かな

光は苦笑すると、小さな手をとって唇に押しあてた。

「指だけなら、許していただけますか?」

その感触に、女がひるむ。

「恋だってきっと負けないと思いますよ。貞操の義務に」

きゅっと抱かれて、また持ち上げられそうになった

危ないとしがみつく。

光はその手を離さなかった

そうさ

怖いなら離さなければいい

身を任せて、俺を頼りきればいいんだと思う。

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