8-3 これからは三人
光はオカルトの類を信じない男だった。
だが、今日は違った。
夕顔の頓死以来、光はこの人を警戒している。
「そんなに俺を恨んでるのか。名を、名乗れよ」
光は葵の手をとった
だがすでに葵ではない
生霊らしかった
のりうつった姿、声まで、御息所その人だった。
「なぜ女を苦しませる?仕返しなら俺にすればいい」
光は目を細めた
憐れに、思う。
皆に愛された貴女の、これが、なれの果てだろうか。
「これ以上葵を苦しませるのはやめてくれ。可哀想だろ?
これは俺とあなたの問題だ。他の女は関係ない」
不快が冷たい響きとなって女に届いた。
こんなことをして、愛されるとでも?
光の心は、すでに女を離れている。
霊は呪縛を解いた
葵は女房に起こされ、なんとか子が生まれた。
夕霧は冷泉に似ていた。
やはり、俺の子だからかな…
光の胸に冷泉が、藤壺が浮かぶ。
「ありがとう、よくがんばったね」
まだ床についたままの葵を、そっと気づかった。
葵は消え入りそうな息で、それでも光を見ている。
とても可愛かった
恥じらわない、あるがままの彼女はとても可愛かった。
「俺はずっと悔しいって思ってたんだよ。君が俺にうちとけてくれな
いのが、侮られたようで悔しいってね。君の方が年上なんだし、気
をきかせて俺になびけばいいと思ってた。俺たち似た者同士だね、
プライドが高くて。相手より先に心を見せるのが怖い」
そっと髪を撫でた。
枕に、はらはらかかる。
「俺が悪かったよ。仲良くしよう?これからは三人なんだし」
これからが、はじまりなんだから。
葵は口をきゅっと結んだ。涙が、こぼれる。
「すこしずつわかりあっていこうよ。喧嘩もして、冗談も言おう?俺、
君みたいな人が好きなんだ。美しく高貴で、俺にだけなびいてくれ
る人がね」
「はい…」
葵は弱くうなずいた。
恋を、感じる。
親の決めた結婚でなかったら、どんなにつれなくされてもものにし
ただろうと思った。
出会い方が違っていたら、もっと恋に落ちていたふたりだと思う。
「ゆっくり休んで元気になってね。早く君を抱きたいよ」
光は微笑んでキスをした。
葵は照れて、でも防がずに受けた。
「帝を呼んでくるね」
光は着替えながら言った。
「えっ…」
葵が驚く。
「一度くらい会ってみたいでしょう?大丈夫、僧にでも化けさせるから
誰にもばれないよ」
「でも、こんな姿では…」
葵は泣きそうに困った。
産後だから、衣も馴れている。
「そういうことをとがめる人じゃないよ。君もわかるでしょう?やさしい、
思いやりのある方だ」
言われて葵は、例の文を思い出した。
手から手へ渡された交換文
海の王様と、姫君の恋。
「女みたいな顔してるけど、あまり言わないでやってね。気にしてるから」
光は笑うと、きれいな装束をひるがえした。
「疲れたでしょう?すこし眠るといい。目が覚めたら会えるようにして
おくよ」
そういって手をふった。
葵は光の美しい後姿を、いつもより長く見ていた。




