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朱雀と弟  作者:
第一部  同じかと思ひにけるよふる夢は君がひかりに消さるまぼろし
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2-1 致命的にいいひと

二.帚木

「いいひとでしょ」

「いいひとだね」

致命的にいいひとだと思った。

「兄貴はなるべくしてなった人だな。帝以外似合いそうにない」

「やさしすぎるから政治には向いてないしね。女だったらなお危ない」

「そうそう」

ふたり、うんうんとうなずきあう。

「でも惜しいよな、あの性格。すごく女に向いてそうなのにね。やさしい

しすなおだし。浮気されても怒ったりしなさそう」

「気高い女によくある鼻につくプライドみたいのがないんだよな。人押

しのけて上に立ちたいみたいのもないし。かといって馬鹿じゃない。

思慮深さもある」

「そうそう」

「理想的だな」

ふたり、勝手なことを議論しあっていた。

周りの女房たちがくすりと笑う。

「そんなに素敵なんですか、春宮さまは」

「素敵だよ」

「まあ、あなたさまより?」

きかれて光は苦笑した。

「女にはわからないかもしれないな、兄貴のよさは」

「そうだよ。君達はいつも光、光って。ここに俺という美男子がいながら」

蛍がぷんとすねてみせると、女房たちはさざめいて笑った。

そのにぎやかな局へ

「こんにちは…」

うわさの朱雀が御簾をすこし上げて、遠慮がちに顔をのぞかせた。


「いらっしゃい、すー兄。忙しいのに悪いね」

「ううん、こちらこそ。遅れてごめんね」

朱雀はそっと中に入った。

「ここ俺の行きつけだから。女の子も口堅い子ばかりだし。まあ、くつろ

いでいってよ」

蛍は笑って座をすすめた。

朱雀は、女房たちの住まう局にお邪魔することも初めてなので

たくさんの女性に見つめられ、恥ずかしそうに下を向いた。

「髪のびたね」

「ね」

女房たちもさっきからそれが気になって、じっと朱雀を見ている。

「春宮さま、その御髪は何でお手入れなさってるんですか?」

ひとりの女房がたまりかねてきいた。

「やっぱり米ぬかですか?」

「椿油?」

「いいえ、桜の露とか、そういうものじゃないかしら」

「蜜柑の香油?」

「嵐山の湧き水?」

みんな興奮して、だんだんいざり寄ってくるので

朱雀はすこしたじろいだ。

「いえ、とくに何も…」

「えー」

うらやましそうな声。

「やっぱり高貴な方は髪からして違うのよ」

「そうね、御髪から気品が漂っているものね」

「どこまで伸ばすんですか」

「いえもう、このくらいで十分かと」

「すこし触らせていただけないでしょうか?」

「はい、どうぞ」

朱雀が気安くうなずくので、女房たちは興味津々

朱雀の髪をなでるようにさわった。

「わあ、きれい」

「さらさらだね」

「つやつやしてるよ」

「いいなあ」

みな思い思いに指先でもてあそぶ。

「ほら、そろそろどいて。久しぶりの兄弟水入らずなんだから」

蛍がうながすと、皆にこにこお辞儀してさがった。

いいもの見て得した、という顔をしている。

「こりゃ明日から春宮髪参り続出だな」

「参拝料とらなきゃ」

「そのための長髪なの?」

「ちがうよ、すー兄には長い髪が似合うんじゃないかなと思って。ほら、

女の子たちも喜んでたでしょ。これでモテるよ」

「そうかなあ」

よけい女っぽく見える気がして、朱雀は苦笑した。

「長さはそれが限界?」

「そうだね。あまり長いと結うの難しいらしいから。胸の辺りまででお願い

しますって、女房が」

「どうせならもっと伸ばしてさ、途中で切って高級カツラ作ろうよ」

「春宮さまの御髪をみだりに使うなよ」

「だってもったいないじゃん、こんな綺麗なのに。女もほしがる美髪だぜ?

だから、高貴で髪が薄くなっちゃった人に売るんだよ、善意で」

「商売気の多い奴だな」

「商魂たくましいと言ってよ」

蛍が話しながら髪を引っぱるので

朱雀はそのたび、くいくい横に傾いた。

それでも文句ひとつ言わず、苦笑している。

たしかに、さらりとのびた黒髪は美しかった。

あまり多すぎないから、のばしても重さがなく

風に揺れて、高貴な感じがする。

「ふたりはそのままでいいの」

「俺たちは野蛮だから。ね、光」

「お前と一緒にすんなよ」

光は苦笑しつつ、ちらと周りを見た。

それにしても、口の軽そうな女房ばかりだな、ここは…

別に密談をかわすわけじゃないけど

女房って皆こうなのかなと思うと、さすがにひやりとする。


そこへ

「光、ここにいたのか!」

前置きもなく、どたどた入ってくる人があった。

「あ、中将さん。いらっしゃい」

蛍がにやりと笑う。

頭中将は春宮さまを見つけて、すこし改まると

「お話中か?」

ひそひそ声で光をつついた。

「あの、俺なら大丈夫ですよ」

朱雀は頭中将の立派な体格に驚きつつ、席を立とうとした。

その袖を、光がつと止める。

「いいよ、俺が行く」

そっと笑うと、頭中将に連れられ、局をあとにした。

「何かあんの?」

蛍が興味津々、その背にきいた。

「オトナの事始めさ」

頭中将にやり

「雨夜の品定めでしょ」

光がつっこみつつ、ふたりは行ってしまった。

「大変だねえ光も。あんな小舅もっちゃって」

蛍は同情しつつ、ふふふと微笑した。

「すごく背の高い人だね。体も大きいし」

朱雀は目をぱちくりしながら、ちいさめの声で言った。

「あの人は鍛えてるからね。怖いくらいでしょう」

「うん」

「何かにつけて光に負けまい負けまいとしてさ。あの筋肉も、しょせん

可愛い子がいたら、抱き上げたり押し倒したりしちゃおうってための

もんなんだよ」

「そうなの?!」

「そうそう」

光がいないのをいいことに、蛍は適当なことを朱雀にふきこんでいる。

「怖いねえ」

朱雀は驚きながら、本当に怖そうに身をちぢめた。

「光だって、あれでけっこう力あるんだぜ。抱っこ筋が」

「だっこ筋?」

「うん、小柄な女とか平気で抱き上げるよ。抱っこして連れ去っちゃうわけ」

「へえ…」

朱雀は貴族の恋路というものにうといのか、珍しそうに聞いた。

「みんな大変なんだね」

「うん、サバイバルだよ。恋ってのは奪いあいと同じ意味だから。ある種の

腕力がないと勝てないよね。女も何だかんだ言って、金のある強い男が好

きだしね」

「そう…」

俺じゃダメそうだな、と朱雀は息をついた。

「すー兄はいいんだよ、箸より重いもの持たないのが帝なんだから」

「でも、光のほうが高貴で何もかもすぐれてるのに、苦労させてる気がして」

「あいつはいいんだよ、気ままな恋を楽しんでるんだから」

蛍は気にしないで、と朱雀を励ました。

「まあ、さすがの光も葵さんには手を焼いてるらしいけどね」

「葵さん?」

「うん、頭中将の妹さんでね。すごい美しいけど、プライド高いんだってさ」

「へえ…」

朱雀も、ちらと耳にしたことはあったなとその名をきいた。

「光になびかない女性もいるんだね」

「なびかないというか、彼女は別格なんだよ」

蛍は光より年下なくせに、こういう芸能情報には詳しくて

噂好きな年増女房の感がある。


「左大臣の娘さんでね、将来お后にと期待されて、大事に大事に育てられた

人なんだ。もともと父親同士の決めた結婚で、左大臣をバックにつければ

光もこの先安泰だろうっていう父上のご配慮なんだけど。何せお后候補に

と育った人でしょう?光も決して身分は低くないけど、臣下にされちゃったし、

今は位も低いしね。あなどられるというか、相手にされないみたい」

気の毒そうにため息をついた。

「おかげで弘徽殿さんには睨まれるしね。あいつも楽じゃないよ」

「にらまれるって、母に?」

「ああ、きいてない?左大臣が光を婿に選んだとき、弘徽殿さんたいそう

ご立腹でね。四つも年下の光に娘をやるとはなにごとか!左大臣は自分た

ちを馬鹿にしている、すー兄というものがありながらって、たいそうな剣幕

だったらしいよ」

「そう、なんだ…」

朱雀は初耳で、すこし驚きを隠せなかった。

「彼女もすー兄に嫁いでたら、かたくなな心が少しはほぐれたのかもね」

「でも光のほうが美しいし、将来性もあるのに」

「なんというかね。女心は難しいよ」

蛍が少年のくせにしたり顔で言うので、奥のほうから忍び笑う声がきこえた。

「笑ったなー」

蛍はぴょんと立ち上がると

「誰か俺と碁で勝負しようぜ。勝った人には都一番の夕陽を見せてあげる」

女房たちにどんと言い放った。

「蛍さまのデートコースですか?」

「うん」

「秘密の?」

「うん。とっておきの女にしか見せないよ」

「嘘ばっかり」

くすくす笑って、女房たちが集まってくる。

朱雀も微笑しながら、さっき言われたことをそっと考えていた。

葵さん、か…

文をかわしたことも、お会いしたこともないけど。

その方と光がうまくいくといいなと思った

親の決めた結婚って難しいけど。

光にもその方にも、しあわせになってほしいと思う。

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