6-7 戦国か
「左大臣が悲しがるよ、妻を大事にしてやりなさい」
父は光を諭した。
光は恐縮のていで、返事もしない。
心ゆかぬなめり*―
父は可哀想に思った。
「たいそう美しいそうだが、それでも気に入らないのか」
美人なら誰でもいいわけじゃないよあなたと違って、と思い、
光は心の中で嘆息した。
こういうのを、自分を棚に上げると言うんだよな。
母を死なせた父に、女の扱いをとやかく言われたくはない。
兄はその点紳士だった
わが身におきかえ反省することはあっても、人に意見することは
まずない。
父に会うと、どういう顔をすればいいんだろうと光は迷った。
馬鹿だなとあざけりたい気もするし
彼女をよこせと怒鳴りたい気もする。
お願いだからくれと頼みたい気もすれば
ごめんなさいと謝りたい気もした。
父のこと、きらいじゃないのに。
めんどうな恋敵に、ため息がでる。
女房には興味ない光だが、ある種の超人には興味があった。
もう期限切れてんじゃないか、表示偽装なんじゃないかと思うほど
年寄りなのに若作りの女房がいて
これがなかなかがんばってくる。
この人、なんでこんな歳までほしがるのかな
光は、興味というより、脅威をおぼえた。
男の何かを吸いとって生きてるのかもしれない。
人妻はあなわづらはし*…
光がぐったり伸びていると、誰かくる気配がした。
婆さんの良人かな?
こんな介護を見られても面倒だし、はよ帰ろ。
光は直衣をもって屏風の裏へ入った。
相手はそれを、ごほごほ畳んでくる。
ん?
光は暗闇に目を光らせた。
おっさん、やったな
頭中将はまだばれてないと思い、太刀を抜いてぎらりと脅した。
「あなた、どうか」
老女が慌てて、両手をすり合わせて拝む。
頭中将が笑いをこらえる。
「貴様も抜けい、今夜こそ決着をつけてやる」
「いい歳して何やってんすか」
「とう!」
「わっ」
光は太刀をよけると、その腕をぎゅっとつねった。
頭中将がはははと笑う。
「戦国か!勘弁してくださいよ、こんな夜中に」
「お前があまり秘密主義だから、すこし懲らしめてやろうと思っ
たんだよ」
あんたに斬られたら即死じゃねえかと思って、光は嘆息した。
「もう…放してください、その服着るから」
「だめ。そのまま出ろよ」
「じゃあそっちも」
「待て、引っぱんなって」
ぐいぐい引き合うから、直衣の縫い目がほどけてしまった。
「着れねえじゃねえかよおいー」
「そっちが先に手出すからでしょ」
「大人げない」
「あなたに言われたくないすよ」
苦笑しながら、ふたりは出てきてしまった。
「もう自重してくださいよ、年上なんですから」
「お前より若いつもりだよ、力もあるし」
「五つも上なら立派なおっさんですよ」
「おっさん言うな」
頭中将は光をこづくと、肩を並べて歩いた。
はだけた上衣から、引き締まった体躯が見える。
「葵よりあんなババアがいいのかよ、趣味わる」
「ちょっと試しただけすよ。疲れたけど」
「吸われただろ」
「吸われた…」
げっそり言うので、頭中将はあははと笑った。
袖を受け取り帯を返して、ふたりの秘密がまたひとつ増える。
翌日ふたりは参内した。
光が何事もなかったかのようにすましているのが、頭中将にはおか
しくてならない。
仕事の多い日で、まじめな顔をしていることが多かった。
まじめぶりつつ、お互い目が合うと微笑む。
「懲りただろ」
「ええ、年上にね」
「葵には黙っといてやるよ」
「そりゃどうも」
黙っておいて「さるべき折の、おどしぐさにせむ」*と思うらしかった。
何につけても俺と張り合いたいんだな。気張るねえ。
それが面倒くさいようなおかしいような、憎めない気がして
光はつい苦笑した。
お兄さんはああ気さくなのに、妹はどうしてうちとけないんだろう。
悩むというほどでもないが、葵のことを思った。
あの美人がもうすこし男を転がすというか、うまく扱えるとねえ。
俺もたまには転がされてみたいのにと思う。
年上はきらいじゃないのに。むしろ好きなのに。
なんとかして入れないかと、葵を開くカギを求めた。
そして、彼女のカギも。
扉割ってでも侵入したいと思う。




