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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
175/175

38-5 はじめの一歩

うーん…

まぶたの裏が明るくて、朱雀は目をさました。

まぶしい視界を

ぼんやり、ぼんやり開く。

青白くて清浄な世界だった。

その空の下で、二個の瞳が

じっと自分を見つめた。

あ、葵さん

会ったこともないのにすぐにわかった

だってその瞳

蒼く、深く澄んで

夕霧くんそっくりだったから。

「大丈夫ですか?」

葵は微笑んで、起き上がる朱雀に手をかした。

朱雀はやっと半身をおこすと、じっと葵を見つめる。

「はじめまして。朱雀と申します」

緊張した顔で、ぺこりと頭を下げた。

葵はきょとんとすると

「はじめまして。葵です」

くすりと笑って、丁寧に会釈した。


「お疲れだったんですね。ずっと眠っていましたよ、三年くらい」

「えっ、そんなに?」

朱雀はさすがにびっくりした。

「ごめんなさい、ずっと待ってて下さったんですか」

「はい、ずっと」

葵はやさしく微笑む。

「でもうれしかったですわ。あなたの寝顔が見られて」

「えっ?」

「だって私ばかり、寝顔を見られてましたから」

葵ははずかしそうに笑うと、すこし横を向いた。

あんなに文を交わしていたのに

こうして会って話すのは、まったく初めてのふたり。

「あ、あの、夕霧くん、とても立派になられたんですよ」

朱雀も照れて、それを隠すかのように

身振り手ぶりで報告した。

「お子さんが十二人もいて、皆とても可愛くて、お父さんに似てしっ

かりしてるんです。光も元気で、娘さんに春宮さまがお生まれになっ

たし。国のおじいちゃんになったんです。葵さんのご実家も安泰で、

とても栄えていらっしゃいますよ。今は夕霧くんが雁さんとそこに住

んで、守ってくださってます。お孫さんたちもたくさんいるし、お兄さ

んもさぞお喜びでしょう」

あまり焦って話すので、葵はくすりと笑った。

「あ…」

朱雀も思わず赤くなる。

「ごめんなさい、急に。なんだか変ですよね、お孫さんだなんて。

葵さんはまだ、こんなにお綺麗なのに」

そう言ってじっと見つめる先の葵は、たしかに若かった。

亡くなるすこし前かもしれない

一番美しく、輝いていた時のまま。

「他の方のことばかりですのね」

葵はそんな朱雀をいとおしそうに見つめた。

「あなたさまのことは?」

「えっ、俺」

朱雀はすこし困ると、

「俺なんて、ただの老人になってしまいました。何の役にも立てずに。

髪がないから変に見えるでしょう?出家してしまったから…」

いいながら何気なく頭に手をやって、朱雀ははっとした。

あれ…?髪が、ある

しかも一番長かった頃

若い頃と同じさらさらした黒髪が、肩にかかっていた。

「のびたのかな」

いくら三年でもそこまでにはならないのだが

朱雀は首をかしげた。

その横を

「あっ、父上」

懐かしい姿の父院が、にこっと笑って通り過ぎた。

その後ろには

「…母上?」

見たこともないような女性が、すっと立ってついてきていた

たぶん母かな?

信じられないくらい物静かで、やさしそうな人。

「桐壺さん、藤壺さん」

二人は仲良く談笑しながら歩いていた

朱雀に会釈して、そっと過ぎていく。

そして

「朱雀さん」

忘れられない人の声に目を覚まされて

朱雀はようやく現実にかえった。


「柏木くん!」

朱雀の前には柏木が、やさしい笑顔でそっと手をふっていた。

「柏木くん、ごめんなさい。俺、俺…何と言ったらいいか」

朱雀はぽろぽろ涙がこぼれるのがわかった

柏木に謝りたい。償いたい。

でも謝るって、何を?

二人も娘の面倒を見てもらった彼に、何から話したらいいだろう

伝えたい気持があふれすぎて、言葉にならない。

すこしあわあわする。

そんな肩を

「まあそう焦んなって」

そっとたたいたのは光だった。

「光!どうしたの?体は元気?」

「それはこっちの台詞だよ、三年も寝過ごすなんて。おかげで追い

ついちまったじゃねえの、俺たち」

光のとなりには紫が、やはり笑って付き添っていた。

葵と目を見あわせて、微笑む。

「じゃ、あとでね」

光はにやりと笑うと、紫をつれて先に行ってしまった。

「あ、まって…」

朱雀がそっと声をかけるが止まらない

来た人たちは皆、思い思いのスピードで

同じところへむけて歩いていく。

「ゆっくり楽しんできなよ。急ぐ旅じゃないんだから」

光が振り返って大きく手をふった。

その背を見送って

「じゃあそろそろ、行きましょうか」

葵はすっと立ち上がると、朱雀に右手をさし伸べた

白く細い指先

守りたい、守られたい

そのすべてを受けとめようとする右手。

「はい」

朱雀はうなずくと、左手で彼女にふれた

握って、立ち上がって

もう二度とその手を離さないと誓う。

視界の先は白くかすんでいた。

ふたりは息を吸い込むと、微笑みあって

はじめの一歩を、とんと踏み出した。

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