38-2 ははをこそ
「お父様をよろしくね。寂しがりな方だから」
「いやよ」
明石女御はゆるく首をふった。
縁起が悪いと思いつつ、つい涙がはらはら落ちる。
「かあさまともっと一緒にいたいの。生きて、かあさま」
「大丈夫。少し離れるだけよ」
紫は淡く笑って、そっと後ろの明石を見た。
明石も泣きそうに目をうるませて、じっと紫を見ている。
花散里も控えめに、紫の見舞いに来ていた。
「私はパスするよ。そういうの苦手だから」
末摘花はそっと背を向けつつ、体にいいと言われる薬草を
たくさんひそかに差し入れた。
皆が一様に、紫の容体を心配した。
そして幼いこの人も。
「いと、恋しかりなむ。まろは、内裏の上よりも、宮よりも、ははを
こそ、まさりて思ひ聞ゆれ。おはせずば、心地むつかしかりなむ」*
匂宮は、のちの悪辣ぶりを微塵も見せぬ可愛さで
紫を母とよんだ。
「大人になったらここに住んで、この紅梅と桜を可愛がってね。
仏さまにもお供えして」
匂宮はまだ五歳だったが、こくんとうなずいて約束した。
涙が落ちそうになるのをこらえて、たたたっと駆けていく。
かわいいな
彼が子でなく孫であるなんてことが信じられない紫だった。
たしかに、彼女はそのくらい若い。
彼らの成長が見られたら。
だがそれも難しいようだった
夏がすぎ、秋が来て。
紫はやせて、だいぶ小さくなっていた
それでもなよなよとらうたげに、起き臥しを繰り返している。




