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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
165/175

37-5 生きたい叫び

壊れちゃいそう

壊れる?

「壊れそうってのは、いったい…?」

「おかしくなりそうってことだろうね」

朱雀は細い肩をすくめて苦笑した。

「俺が…俺のせいですか」

「うーん」

その瞳が澄みすぎているだけに、見えないものもあるのかなと

朱雀は思う。

「あの子はきっと、夕霧くんをこれ以上好きになるのが怖いんだよ。

やさしい奥さんとお子さんたちに囲まれた幸せな家庭を壊すような

人間に、自分はなりたくない。でも人を好きになる心は止められな

い。だからこれ以上やさしくしないで、放っておいてと言いたかった

んじゃないかな」

「…」

夕霧は目をひらいて朱雀を見た。

そうなのか

自分がよかれと思ってした気遣いが、すべて裏目に出ている

彼女を苦しめている。

「ごめんなさい、俺…友だちでいようっていうから、親切もそのつ

もりで」

「いいんだよ。あの子もそれはわかってると思う」

朱雀は夕霧を責めようとは思わなかった。

「ただ、友情でとどめておけない気持があの子の中で育ってしまっ

て、でもずっとそれを抑えてきたんだろうね。夕霧くんは、仲良くな

ると本当にやさしいから」

「柏木の方がずっとやさしかったですよ。俺、彼女といるといつも

柏木のことを思い出して。柏木にできなかったぶんまで、彼女にお

返ししようと思って」

「うん。ありがとう」

朱雀は笑って礼をいった

しゅんと落ち込む夕霧を、いとおしく思う。

本当にいい子だな

この子が二宮と結婚してくれたらどんなにいいだろうと思うけど

それは望んではいけないことだ

奥さんやご家族に支えられてこそ

今の夕霧くんのやさしさや、思いやりがある。

娘には気の毒だけど、あきらめなさいと言うしかない。

いつもと変わらぬやわらかな微笑をたたえながら

朱雀はじっと考えている。


「出家したいって言われたんだ、あの子から」

「えっ」

夕霧は戸惑って、言葉を失くした。

「母を亡くしてまだ日も浅いから、平常心じゃないだろうと思って。

気持はわかるけど大切なことだから、もうすこし落ち着いて考え

てみて、とは言ったんだけどね」

朱雀は笑って、そこはお父さん

何を言われても動じない安定を持っている。

「夕霧くんは、あの子が出家したほうがいいですか」

あまりさらっときくから

「えっ?!」

夕霧は思わず素の顔で聞き返してしまった。

「どうして俺が?」

「いや、目障りかなと思って。友達でいてほしいとか言いながら、

勝手に好きになったり、すねてみたり。邪魔じゃない?」

朱雀はやさしく笑って淡々と言う。

「何言ってんですか!そんな、人を出家させたいだなんて、思うわけ

ないでしょう!」

夕霧は怒って顔を紅くした。

「朱雀さんも自分の娘なんだから、もっと真剣に考えてあげて下さ

いよ。親父もあなたも、帝だって、三宮さんばっか気にして。これじゃ

彼女が可哀想ですよ。皆が支えてやれば、経済的にも気持的にも、

そんなにつらくなく過ごせるはずじゃないですか。何も、早いうちか

ら死んだふりさせなくたって」

興奮して拳を握る。

「とにかく、俺は反対です。死にたいって悲鳴は、生きたいって叫び

じゃないですか。それを言葉どおりに受け取って出家させるなんて、

あまりにも早まってる。よく話をきいて、支えてあげて、ともに生きよ

うと励ますのが人ってもんでしょう!」

珍しく本気で怒ると、ばたんと出て行ってしまった。

あらら、怒らせちゃったかな

朱雀は悲しそうに苦笑すると、女二宮へ長い返事を書いた。

「お母さんに尽してあげられなくて、本当にすみませんでした」

平等に愛すなんてこと、無理なことはわかってたけど

それでも、もっと力を尽せたのではないか

支えられたのではないかと、悔やむことは無数にあった

帝って皆が娘を入れてくるけど、その後のことは誰も考えてくれない

何人もの女性に心を砕くなんてこと、保母さんじゃあるまいし

体がいくつあっても足りないのだった

それでも帝と呼ばれる人たちは

そういうことに対する不満を、一切口にしなかった

朱雀もそうで

ただ己の力不足を痛感し、反省し

娘の代まで出来る限り、心をかけ続けるだけだった。

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