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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
163/175

37-3 愛し、愛され

「あ、文…」

なんだかんだで昼まで寝てて、おきたら子ども

ごはん、おしめと大忙し

夕霧も手伝ってやって、叱ったり遊んだりしてたら

あっという間に夕暮れになった。

「いかん、今日中に返さねば」

夕霧があせって墨をする。

昨夜の文を一昼夜放置ってのはどうなんだろう

恋人同士なら捨てられたと考えるくらいの遅さかもしれない。

夕霧もともと返信は遅い方だった。しかも短い。

遅いのに短い。要するに無愛想。

「長く待たせてごめんなさい。子どもの世話とかいろいろしてたら

あっという間に時間が過ぎて」

二宮はその文を、あたたかい微笑でながめた。

昨夜の文は彼女が出したものではなかった

母御息所が二人の仲を心配して、夕霧に真意を問うたものらしい。

この返事を読むべき母は、すでにこの世にいなかった

もともと悪かった人の病が、娘の身の振りかたを心配するあまり

重くなったらしい。


「夕霧さんという方は、いい方だけどあまり誠実すぎるわね。あん

なに妻子を大切になさる方じゃ、あなたの居場所はないでしょう」

「そうね」

二宮もそれはわかっていた

母の言いたいことも、よくわかる。

「降嫁なんて、やはり難しいことね。柏木さんも行く末頼もしい方

と思って結婚したけど、はかなく亡くなってしまうし。私がもっと強く

反対すればよかったかしら」

「そんなことはないわ」

二宮はやさしく笑って母を見た。

「私は柏木さんに会えて本当によかったと思ってる。夕霧さんだっ

て同じよ。恋は現実じゃない。結果じゃないの。思い出がすべて」

その思い出があれば生きていけるのではないかと二宮は思った

一緒に琴を弾いて、話して

すくないけれど、とても大切な思い出。

彼にとっては価値がなくても、私にとっては意味がある。

「でも、思い出では食べていけないわ」

母は苦笑して、憐れな娘を見つめた。

「恋は手段でしかないの、いい男を釣るためのね。恋に負けると

いうことは、釣り逃すのと同じ。あなたが苦労することになる」

「そのときは尼になるわ」

彼女は二言目にはこう言っていた

好きでもない人に抱かれるのは、やはり嫌だ。

経済的に恵まれて長生きするとしても

その長生きが、地獄の責め苦ではないだろうか。

「お母様は、恋しなかったの?」

「したわ」

母は歳に似合わない話をすると思って、声を小さくした。

「でも朱雀様は朧さんが好きだったから。彼女は美しくて魅力

的だったし、たちまち取られてしまった。やさしい男ってダメね、

すぐああいう女にやられて」

「ふふふ」

二宮も苦笑して、夕霧を思った。

そうか、母も負けた人なんだ

だから私に言う言葉すべてに、実感がこもっているんだろう。


「ひとりの男がひとりの女しか愛さないとしたら、たくさんの女が

あぶれることになるわね」

「でもそのぶん男もあぶれてるはずよ。世の中の半分は男です

もの」

「そうだけど」

母は苦笑した。

「私たちを養えるだけの、地位も財産もそろった男ってことよ」

そっと、夕霧大将のことを思い出す。

彼が本気でこの子を愛してくれるのなら

どんなにうれしいことかしら

でもそのぶん、泣く女がいるのね

たくさんのお子さんたちも

そういうものを壊させてまで、恋に走れ、想いをつらぬけとは

母御息所もよう言わない。

ただ、夜空の星に手をのばす子を慰めるかのように

こう言うしかなかった。

「人を愛し、愛されなさい。それが体で結ばれた関係でなくても。

心はきっと、つながることができる。恨んだり憎んだりしながら

生きるには、人生はあまりにも長いわよ」

やさしく微笑むその姿を、二宮は忘れることができなかった。

冷えきってもずっとそばにいて

葬るぎりぎりまでずっと、母の亡骸に寄り添う。

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