35-6 家出とか出家とか
「落葉さんに手出してるらしいじゃねえの」
「落葉ってよぶな」
そのいかにも枯れた感じのネーミングが失礼すぎると思った。
「女二の宮か一條の宮と呼びなさい」
父にも説教。父が苦笑する。
「でも良人が死んですぐ義弟にこられたんじゃ、彼女も戸惑ってる
だろ。まだ手出すには早いんじゃないかと思うけど」
「あんたならむしろこの機を狙うだろ?女が失意のどん底にいて
路頭に迷ってるこの時をさ」
「もちろん」
光がにこにこ笑うから
「やっぱりな」
夕霧やれやれとため息をつく。
「だからお前にはムリだよって言ってやってんの」
「大きなお世話だよ。別に手出してねえし」
「あんなに足繁く通って手出してないとは、逆にやらしいね。雁ちゃん
なんかも、すっかりご機嫌ななめだろ」
「え?」
夕霧が首をかしげるから
「にぶいなあ…」
光はすこし気の毒になってしまった。
「女の不満はためると怖いよ。急に爆発して、家出とか出家とかする
からね。気をつけてやらないと」
「うちはそんな」
言いながら、たしかに最近怒りっぽいかもなどと考えた。
夕霧一応秀才なのに、女学にはまったくうとい。
「まあそんなことはどうでもいいんだよ。それよりこれ」
夕霧は布に包んだ笛を、そっと光に差し出した。
「二宮さんからもらった物だけど、柏木の形見だから。薫にあげて」
「ふむ」
光はその笛をとって、珍しそうにながめた。
「いい物だな。売れば高くつくか…」
「変に扱うなよ。それには柏木が棲んでるんだから。変に扱ったら
化けて出るぜ」
「おどかすなよ」
「本当だよ。夢に見たもん」
夕霧はかくかくしかじか、光に夢の様子を語った。
「そうか」
光は少し笑って、夕霧をながめた。
「お前があまり会いたがってるから来てくれたんだな、きっと」
「え?だからそれは笛が…」
「笛ごと会いに来てくれたんだよ」
夕霧はつと目をとめて、その笛をながめた。
そう、なのかな?
そんな物のめぐりまでコントロールできるのか?
故人すごいなあ。ちょっと畏敬する。
「とにかく、ちゃんと薫に渡してよ。出処はまだでいいから」
じゃあね、といって立って行った。
照れるとすこし決まり悪そうに去ってしまう癖が
いくつになってもおかしい。




