35-5 抱かれ争い
夕霧は、翌日六條院へ行った。
薫に例の笛渡さないと。
もちろん薫はまだ小さいから、光に託しておくわけだが
光は明石女御の所にいた。
そこに、てこてこ駆けてくる若君がひとり。
「大将こそ。宮、抱きたてまつりて、あなたへ率ておはせ」*
率ておはせ、だと?
てめえ何様のつもりだ、そういうお前こそいてこましたろか。
すごく可愛い子なのだが、夕霧イラっとした
でも一応抱き上げる。
抱き上げながらも、可愛い頬をくいくい引っぱってやった
なんか似てるんだよな、親父に。
顔というか雰囲気が似てる。なんかムカつく。
そんなことを思いながら、三歳児の頬をつねってにらみあっている。
これが有名な匂宮だった
今上帝の三男。後の主要(問題)人物。
「こら夕くん、子どもにはやさしくして。それ宮さま、帝の子だからね」
「ふん」
夕霧は鼻をならしながら、それでも母親の方へ連れてきてやった。
「俺男だもん。このままじゃ紫さんの前出れないよ」
「誰も見てないよ。ぼくが隠してあげる。ほら早く!」
匂宮が袖を広げて、夕霧の顔を隠した。
あの、前見えないんだけど…
夕霧があぶなっかしく、探りながら歩く。
やっと匂宮をおろすと、今度はすぐ上のお兄ちゃんが走ってきた。
「まろも、大将にいだかれん」*
「あが大将をや」*
ふたりは夕霧の袖をひいて、自分が自分がと抱かれ争いを始めた。
「俺は女以外抱かない主義なんだよ」
夕霧まで混じってけんけんがくがくやってるから
「アホかお前は」
光が苦笑して止めた。
「こらこら、夕霧はこう見えても公を守る近衛大将なんだよ。私的に
独占しようとはいかんな」
「この三番目がうるさいな。兄に食ってかかってるぜ。どっかの誰か
みたい」
「お前のこと?」
「あんただよ」
光はおじいちゃんらしくにこにこしていた。
やはり孫ってやつは特別可愛いらしい。
「薫は?」
夕霧は、まだよく見たことがないその子を探していた。
御簾のすき間からどこかな?と見まわす。
薫は案外近くにいた。
「薫ー」
花の落ちた枝でこいこいすると、彼はとことこやってきた。
「おお」
これまた、かわいい。
たしかに柏木に朱雀さんをかけあわせたような感じだな
匂宮みたいにやんちゃじゃないし
少しおっとり、にこにこしている。
その髪を撫でてやりながら
伯父さんに知らせてあげられたらな…
それだけがつらかった。
雁と柏木の父上致仕大臣は、柏木に子のないことを
たいそう悲しがっていた。
伯父さんに知らせてあげられたら、どんなにいいか。
光にも一応相談したのだが
「あの人はこういうこと、黙っておけないたちだからさ。引き取って元
服とかど派手にされたら、密通を都中にバラしてるようなもんだぜ。
それは三宮さんにも薫にも、つらいんじゃないか」
光の意見は的確で、夕霧も従わざるをえない。
「柏木、ごめんな…」
薫を撫でながら、柏木に申し訳なく思った。
この罪なき子に、本当の父親のことを語れる日はくるのだろうか。
お母さんの意向もあるよな
三宮さんのお気持にも配慮しなきゃならない。
「お前は長生きしろよ」
柏木の遺言を伝えつつ、薫の髪を撫でた。
薫は何心なく、なついて遊んでくるから可愛い。




