35-2 婚活しませんか
「先日は失礼しました」
それでも光に言われたことが気になるのか
夕霧は神妙に頭をさげた。
「いえ」
女二宮が、やさしい声で笑う。
「誠実な方だなって思いましたわ。私は好きでした」
「すいません。つい動揺して」
あのときはたしかに平常心じゃなかった。
夕霧二十八歳
柏木が死んで、一年ほどが経とうとしている。
早いよ、月日たつの。
時の流れについて行けなくなりそうな自分だった。
夕霧はもちろん、毎日欠かさず祈っていた。
彼の他にも、光が、朱雀が、三宮が
裏に表に供養をさせていた。
死ぬ直前に急遽昇進した権大納言柏木
心やさしく皆に愛された若者は
死後もなお、その印象を深くとどめている。
「二宮さまはどうですか。少しは落ち着かれましたか」
「私はあまり…旦那様のこと、よく知らなかったものですから」
女二宮は悲しそうに微笑した。
「本当はもっと知りたかったんですけど。残念でしたわ。旦那様
は妹のことを深く想っていたようですから」
知っていたのかと思い、夕霧は沈黙した。
「私がもっと美しい女ならよかったのに。もっと妹に似ていれば
旦那様を少しはお慰めすることもできたのかしらと、思うことは
あります」
「…」
何も言えずに、ただ黙る。
俺は馬鹿だった
あなたを好きにならないだなんて
それ以前の問題じゃないか
この人はまだずっと、柏木のことを想っている。
それは美しいと思った
切ないが、とても美しい。
「私も尼になろうと思います」
「えっ」
早すぎるんじゃないの展開がと思って
夕霧は多少狼狽した。
「朱雀さんは、何て…?」
「どうしてもと言うならだけどって。よく考えた方がいいよって
おっしゃってました」
「そうですか…」
やはり朱雀さんだな。止めかたがゆるい。
そんなんじゃ女はすぐ髪を切っちゃうよ
ふられたから気分変えたいみたいな勢いで髪を切っちゃうよ
と思って、夕霧はすこし思案した。
出家って本当に女の幸せなんだろうか。
自殺みたいなものだよな
いくら男の襲撃から身を守りたいとはいえ
世間との交渉をほとんど絶ってしまうんだもの。
この人にはもう、愛される未来は残っていないのだろうか。
誰かに愛されて、幸せになる未来。
「婚活、しませんか」
ずっと黙っていた夕霧の一言は
彼女にとってかなり意外なものだったらしかった。
「え?」
思わず貴女らしからぬ声で聞き返す。
「再婚活動ですよ」
「そんな…無理ですよ、今さら。私は若くもないし」
二宮は苦笑して、まだまだ本気とは思っていない。
「始めるなら早い方がいいですよ。俺が希望者を募りましょう」
夕霧は二宮の返事もきかず、早速動き出そうとした。
善は急げ
夕霧これでも敏腕政治家で通ってる切れ者なので
「仕事は段取りが九割」をモットーとしている。
「でもまだ旦那様のこと、忘れられませんから。他の方となんて、
とても」
二宮は困ったように微笑した。
旦那様って呼び方がすでに、美しい未練を表している。
「そうですか」
夕霧は浮かせかけた腰を戻すと、自分も苦笑した。
「そうですよね。ごめんなさい、早まっちゃって」
忘れさせたいわけではなかった
むしろ逆だ
柏木のこと、ずっとずっと想っていてほしい。
夕霧も覚えていた
なぜか楽しいことばかりだけど
いつも「ありがとう」を言って
仏前に、やさしい笑顔を思い出す。
「じゃあ、もうすこし思い出に浸りましょうか。一緒に」
同志ができたような気分だった
柏木のことを懐かしんで、ともに語れる同志。
「はい」
二宮も御簾の内からにっこり微笑んだ。
微笑みながらじっと、夕霧を見つめている。




