34-4 俺はあなたに恋しない
夕暮れ時には空を眺めてね。
たなびく雲に、俺もとけて漂っているだろう。
つらい気持ちにならないで。いつまでも君を、見守っています。
行くへなき空の煙となりぬとも思ふあたりを立ちは離れじ*
三宮はこの文を死ぬまでずっと持っていた。
出家したのだから、すでに死んだも同然なのだが
俗世を離れた祈りの中にも、時折柏木を思いだす。
不思議と寂しい感じはしなかった
むしろ、自分の肩越しに彼がたえずいてくれているようで
そっと見守ってくれてる
その熱を、つねに感じる。
薫がいてくれることも彼女の支えになっていた
私はひとりじゃない
だからもうすこし、ここにいられる。
彼が成長してくれるから自分はこのままでいいと思えた
いつでも思い出す、やさしい笑顔のため
彼女は祈りを捧げる。
そういう幸い人がいる一方で
たったひとり残された人もいるわけで。
夕霧は朱雀の次女、女二宮をお見舞いに行った。
もちろん面識はないが
柏木の妻ということになれば、自分の義姉にあたる。
「俺はあなたには恋しません」
冒頭から夕霧はっきり言いきった。
彼の目は摩周湖より澄んでいる。
「親友の妻を寝取るなどということは、俺にはできない。
暮らし向きの援助は惜しみなくします」
それだけ言うと、つと立ってしまう。
なんという誠実…
味気ないほどの誠実だと誰もが思った。
母御息所も二宮も、女房たちすら驚いて目を見張る。
夕霧は帰りながら、まだぼんやりしていた
顔は凛々しく作ってても、脳内はずっとぼんやりしている。
柏木…
その声がききたかった
一緒に話して、遊んで、笑う顔が見たい。
もう跡形もなく見送ってしまったのに
まだ覚えている
ただ、寂しいと思う。




