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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
150/175

34-3 じゃあ、またな

「俺の本とグッズ、夕霧にあげるね。あと模型も」

「ごめん、それはマジでいらん」

泣く場面の生前贈与だが、夕霧は思わず苦笑した。

「そんなこと言わずに、まあもらってよ。人によっては高値で取引さ

れる物だから。処分して、二宮さんの財産に加えてあげて」

「柏木、お前…」

夕霧は眉をよせて、微笑む友を見やった。

家邸、荘園、官給や証券のたぐい

彼の財産はすべて、妻である女二宮に譲渡されることになっていた。

「本当は三宮さんにもお残ししたいんだけど、目立つふうにもできな

いしね。彼女のことは、光さんや朱雀さんが気にして下さってるから

それに甘えようと思う」

照れて笑うと、遠くを見やった。

「こんな最期がくるなんて思ってもみなかったよ。こんな安らかで、

しあわせな」

「最期なんかじゃない」

夕霧は強く否定した 。

目の前の人は衰弱しきっている

奇跡でも起きない限り生存は難しいと思われた

だが友として、その一縷の望みを最後の最後まで捨てはしない。

「ありがとね、いろいろ」

「何が」

「何がって、だから…いろいろ」

「ばか」

夕霧は少しすねていた。

物心つかないうちから多くの人を見送ってきたが

まさか柏木が死ぬなんて思ってもみなかった

柏木とはもっとずっと一緒にいられるんだと思ってた

一緒に並んで、上にのぼって、大臣でも何でも一緒にやるんだって

並んで国を動かすんだって思ってた

だってあまりにも一緒にいすぎたんだ

一緒に遊んで、学んで、笑って

いなくなるなんて考えられない、いつものふたり。

「俺だって、お前にはたくさん助けてもらったよ。ありがたいと思っ

てる。でも、だからこそ、こんなとこで終れないだろ?もっと生きよ

うよ。お前ならできるよ」

涙は見せたくなかった

だから泣かない

淡々と言う。

「ありがとう。でももう体が動かないんだ。力が…」

いいさして、柏木は弱く笑った。

「力が弱って、寝返りうつのもやっとさ。もう、立ち上がれない」

その笑顔がつらすぎて、夕霧は思わず目をそらした。

頬を伝う涙を、見られないようさっとふく。


「二宮さまをお残しすることが、やはり気がかりなんだ。夕霧

すまないが、お前も気をつけて、見てさしあげてくれないか」

「お前がやれよ」

不親切ではなかった

だが、病人の頼みなどきいてやりたくない。

お前は死んだりしないんだから

まだ生きるんだから

つよく信じていた。信じたかった。

だから、遺言など受け取れない。

「まあ、お前には雁がいるもんな。悪いこと頼んじまった」

柏木もそのことに気づいてすこし笑った

笑いながら夕霧を見る。

「夕霧、お前なら大丈夫だよ。何があっても大丈夫だから」

「大丈夫じゃねえよ」

夕霧はうつむいて、きゅっと唇を噛んだ。

「自分に自信をもって。前を向いて歩いていけよ。お前にはきっと

しあわせな未来が開けてる」

「なんだよ偉そうに」

「へへ。ちょっと叔母さんの気持になってみた」

柏木は笑って頬をかいた。

「葵さんてさ、やさしい方だったよ。見かけよりずっとやさしい方。

お前を見たときすぐわかったよ、目がそっくりだったもの」

「わかったから、あまりしゃべるな。疲れるだろ」

夕霧は、やけに饒舌になる柏木を心配してとどめた。

「うん」

柏木がおとなしく、衣を肩までかける。

そろそろ眠くなってきていた

うとうと、するな…

しょぼくれた目を、ぱちぱちさせる。


「薫、長生きだといいな。三宮さんも」

俺の分まで、と言いかけて、そっととどめた。

「ありがとう、もう帰りなよ。雁や子どもたちが待ってるだろ」

「俺のことはいいんだよ」

「いいから帰れって。見られてると、寝れないから」

柏木があまり笑うので、夕霧はつらくなった。

「わかった」

立ち去りかけて、振り返る。

「またな」

「うん、また」

笑って手をふる、それが最後の姿だった。

「おい、おきろ!」

親たちの泣き惑う声に駆け戻ったときにはもう

柏木はこの世にいなかった。

え…?

夕霧は、息をとめた。

「柏木?」

白くやさしい顔で眠るかたわらに、そっと座りこむ。

「柏木…」

その顔から目が離せなかった

今にも何か言うんじゃないかと思って

「どう夕霧、びっくりした?」って笑うんじゃないかと思って

目が、はなせない。

「ねえ」

そっと、腕をゆらした。

肩をゆらして、ぐらぐら、頬も揺らす。

彼は戻らなかった

もう二度と戻らない故障

動かす魂が抜けて、もぬけの殻になっている。

「やだよ」

夕霧は小さくつぶやいた。

涙がぽろぽろ、柏木の上に落ちる。

「いやだ…」

夕霧は柏木の袖をつかむとがさがさ揺らした

揺らしながら、顔をおしつけた。

「やだあああああ!」

ものすごい悲鳴だった。

父大臣も思わず涙をとめた。

雁さえ息をのんだ。

「やだって!死ぬなって!柏木…」

夕霧は人前では決して泣かない子だった。

感情すら、めったに表にはださない。

でも今だけは違った

一生に一度だけ。最初で最後の。

「やだあ…やだああ…」

夕霧は崩れ落ちるように泣いた。

誰も声をかけられない。

空気も震わすような慟哭で彼は泣いた

冷たい柏木に顔をうずめて

いつまでも、いつまでも泣いていた。

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