34-2 台本放棄
「柏木」
「かしわぎー」
今や誰もが古の台本を放棄していた。
都中、町をゆすって、柏木の快復を願う。
「私のせいであの方は死ぬんですの?」
三宮は泣きそうに、それだけを尋ねた。
「そんなことはないよ。彼を信じてあげなさい」
朱雀が悲しく、でもやさしく笑う。
三宮は無事に男の子を出産した。
そして、出家を願う。
「やはりさせるのか」
「本人がそう望むなら」
朱雀も切なそうだった
二十二、三の娘を出家させたい親がいるわけはない。
だが、身を捧げて祈りたいという娘の心情も十分理解できた
それ以上に
「あの方と出会えただけで、十分なんです」
にこっと笑って、やわらかく
でももう彼以外の男に触れられたくないというはっきりした意思を
朱雀は感じた。
「手紙をだして。よく相談するんだよ」
それだけはすすめた。
柏木くんは本当に治らないんだろうか。
まだ何か、信じられない。
「俺はいよいよダメなようです。ごめんなさい、あの子を任せきり
にして。薫は元気ですか?あなたに似てるといいな」
「私よりあなたに似ているようですよ。お父さんを恋しがって
面影に写しとったのでしょう。元気をだして。あなたが死ぬなら
私も死にます」
「そんなこと…いけませんよ。薫が可哀想です。どうか、どうか思い
直して」
「ふふ…あせらないで。尼になるだけです。あなたのいない世界に
私の居場所はありませんから」
柏木は胸がじんとした。
もしかして、待っててくれてるのかな?
筋書ではすでに出家してなきゃいけない頃だった
でも、待っている。
光と朱雀がとどめさせているようだった
三宮の出家が弱った柏木にとどめをさすことを、彼らは知っていた。
だからそういうことをせずに、少しでも少しでも
彼を延命させようと思うらしい。
「手厚いなあ…」
柏木は苦笑してしまった。
「何か罪人じゃないみたいだね。皆さんにこんなによくしてもらって」
「いいから休め」
夕霧は世話やきの女房みたいに足繁く通っては
柏木の快復を祈った。
柏木は日に日に、白く、美しくなっていく。
俗の血の気を引いたような、清く、遠とい顔だった
その顔がにっこり、やさしく微笑む。




