33-12 どうか、生きて
「俺の内臓は機能していません。食べても栄養を摂れない。
もう長くないでしょう」
…!
光は衝撃を受けた。
思わず扇をとりおとす。
「お前、いつから…?」
「詳しくは覚えてないんですけど。宮さまを見る、少し前から」
「それで留保したのか、あのとき」
「はい。まだ症状の出始めで、大したことないだろうとは思って
いたんですが。やはり不安で」
不安は的中したんだと思った
最近は、死を身近に感じている。
光は押し黙った
柏木の青く美しい顔を、じっと見つめる。
「宮さまが眠っておられるところを、俺が無理やり襲ったんです。
嫌がってるのに、無理やり…すべて俺の責任です」
柏木は床に額をこすりつけて陳謝した。
「本当に申し訳ありませんでした。どんな罰もお受けします。命も
いらない。ですがどうか、宮さまだけは。許してさしあげて下さい」
細い体躯がきしむように揺れた。
柏木…
光は、つまる胸に言葉を探した。
「すべて知ってて寝たのか。彼女と」
「はい。命短しと思ったら、逆に見てみたくなってしまって。薫という
子を」
「だがお前の行為は、お前の死を決定づけたかもしれないぜ」
「かまいません。どうせいつか死ぬのですから。ひとつでも…」
柏木は言葉を切った。
「それでも、ひとつでも、彼女との思い出が残せれば」
痛々しいほど、淡く笑う。
馬鹿が…
光はきゅっと眉を寄せた。
昔の自分が目にうかぶ。
「そんなことしたって無駄だぜ?薫は俺の子として育つんだから。
系図にも残らない」
わざと笑ってみせた。
「ありがとうございます。そうしていただけるのなら、どんなにうれし
いか」
柏木はほっと胸を撫で下ろした。
光は胸が締めつけられる気がした
悔しくなどない
俺も柏木を待っていたと思った
ただ、俺が睨んでプレッシャーかける前から病が巣食っていた
というのが想定外で、真に悲しい。
「もう治らないのか?俺がよく効く薬を探させるよ。祈祷もする。
だから簡単に諦めるなよ。俺んちで育てても、お前にもちゃんと
会わせるから。父だって名乗っていいから。だから、生きろよ」
光は泣きそうに思った。
男の子だってかわいいぜ?
元気で生意気で意地っ張りで、大人になれば、一緒に酒も飲める。
「夕霧だってまだガキだし、お前の支えが必要なんだよ。長生きし
ろよ。あいつが泣くの、見たくないんだよ」
柏木はずっと黙って聞いていたが
目に涙をためると、苦笑した。
「なぜそんなにやさしいんですか?もっと叱られると思ってた」
「だってお前…」
もう父の気持なんだもの、と光は思った。
光は柏木ではない、昔の自分に言っていた。
俺が父に自白したとしたら、こんなふうに言われたかったと思った
それがつい口をついて出るんだ
昔の俺と同じように、許されたかったこの人に。
「罪なんかじゃないよ。自分を責めるな」
言いながら、つよく心で叫んだ。
「薫と宮さまのことを大切に思ってやれ。しっかり養生しなさい。
きっと、道はある」
「はい」
柏木はぺこりと頭を下げると、行ってしまった。
その細く、たくましい背中
無理やりなんかじゃないだろうと思った
そうでなきゃ、ふたり手をつないで、夜を駆けたりできないよ。
俺なんかよりずっと勇気があるんだなと思った
すべて隠さず、俺に話して
俺なんかよりずっと価値があるよ
だからどうか、生きてくれ。
心の底から願う。




