33-11 勇者の帰還
「夕霧ごめん。車かしてくれない?」
柏木から連絡があったのは、午前三時をまわっていた
夕霧がとびあがって、急いで車をまわす。
ずっとずっと行方を探していた
それこそ、都のすみずみまで。
でも、柏木の使いは羅城門から来ていた
門の外…?
夕霧の顔が、すっと青くなる。
「悪い。時間外とは思ったんだけどね」
開門まで待つのは体裁が悪いと思った
白日のもと、彼女があらわにされてしまうし
眠る人を抱きあげ、そっと車に乗せる。
髪ひとすじ乱れてはいなかった
彼女はゆりかごで眠る稚児のように、安心しきって寝息をたてていた。
「柏木、お前…」
夕霧は呆然として、何も言えなかった
問いただす言葉も出てこない。
「都を出ようとしてたのか?ふたりで、どこか遠くへ?」
「まさか」
柏木はふふと笑うと
「俺にそんな甲斐性あると思う?鍬も網も、うったことのない俺に」
すこし寂しく笑った。
そうさ、高貴な姫君を連れて田舎暮らしなんて
とてもできそうにない。
中納言柏木
ここでしか役立たぬ己を深く自覚している。
「まあ、話しながら行こう」
ふたりは車に乗らず、深夜の都大路を歩いた。
夕霧の目に柏木が、やさしく美しく映る。
罪人なんかじゃない
まるで勇者みたいだと思った
誇らしく、つゆ後悔のない顔
心の底から好きな女を抱いた男はみな
こういう顔をするんだろうかと思った
美しく、やさしい。
夕霧の目に、ふと父の姿が重なった
あの人もこんな顔をしてたのだろうか。
「夕霧さ、たくさん子どもがいるからって、ひとりくらいいなくても
いいやとか、誰かにあげてもいいって、思ったことある?」
「ない」
夕霧は即答した。
「だって皆違うもの。そんなこと、ぜったい思わない」
「そうだよね」
柏木はその答えをうれしそうにきいた。
だからこそ親友なんだと思う。
「俺さ、今じゃなくてもいいんじゃないかって考えたんだ。何も今
すぐほしがらなくたってって。でもやっぱりダメだった。俺はあの
子に会いたかった」
「お前、何もかも知ってて…」
ふふと笑うのが美しかった。
美しく、悲しい。
「光さんに話すよ。どんな裁きも受ける。彼女だけは救いたいんだ」
「親父なんて気にすんなよ。今からでも遅くない、郊外に家でも借りて
しばらく隠れていろ。必ず宮さまと一緒になれるように、何とかする。
俺が何とかするから」
「ありがとう。でもいいんだ」
柏木はにっこり笑った。
「光さんにすべてお話しするよ。そうしたいんだ。これからの彼女の
ためにも」
透きとおるように美しく見えた。
思えばこの頃から、柏木の衰弱は目に見えてきていたかもしれない。




