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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
144/175

33-10 俺たちの物語

こんなにたくさんの星、見たことがなかった。

三宮は夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。

邸の外で空を見上げて

こんなにのびのびしたことがない。

星はみんな自由だった

さわさわ自由に、しずかに瞬いている。


川まで歩いて

彼女は川原に寝転んだ

きれいな衣を惜しげもなく広げて

ごろんと思いきり横になる。

「大丈夫?」

「はい」

にこっと笑うから、柏木もつられて横になった。

暗い天上から数千、数万の星が

今にもこぼれ落ちそうにふたりを見ている。

「きれいですね」

「きれいだね」

ふたり、同じことを思った。

「大丈夫だったの?出てきたりして」

「大丈夫ですわ。怒られるのには慣れてますの」

三宮はうーんとのびをすると

「あの家の人たちは皆完璧なんです、お歌も琴も。落ちこぼれは

私だけですわ。いつも叱られています」

そう言って、笑う。

「そんな、あなたは誰より高貴な方じゃないですか」

「だから厳しいんですね、きっと。分不相応な家に生まれてしま

ったみたい。私には向いてないですわ、堅苦しいことは。こうし

ているのが一番」

きもちいいな…

三宮はうれしそうに星の息を吸いこんだ

肺まで藍色に染まるみたい

気持ちよくて、つい笑顔になる。

「あなたは素敵な女性ですよ。俺はそう思います」

柏木は緊張して言った。

三宮がふっとこちらを向く。

「ありがとう。褒められたの、はじめてです」

可愛かった

その笑顔、すこし照れたまばたき

すべてが、柏木の想定よりはるかに可愛い。

柏木はその視線を外せなかった

襲いたい

今すぐ襲って、すべてを奪いたいと思う。

柏木が上体を起こし、彼女に迫りかけた、そのとき。

すっと手を握る人があった

彼女だ

彼女が先手を取って、柏木の右手を握った。

柏木ははっとした

あたたかい

そのぬくもりに狂気をそがれて

そっと、もとの姿勢にかえった。

手を握られて、一緒に星を見る。

もっと警戒したり恥じらったりされたほうが

ずっとやりやすいのにと思った

この人は、こんなにすなおに俺を信じて

何の疑いもなく頼っている。

これは、襲えない。

俺にはあまりにも、襲えなさすぎる。


「俺の親友に夕霧って奴がいて、俺の妹と結婚したから義理の弟で

もあるんですけど。その夫婦に子どもがいるんですよね、たくさん。

その子たちが皆、違っていて」

「ありますね、そういうこと」

三宮は笑ってうなずいた

どこの家庭でもおこりうる、ごくありふれた現象。

「でもそれって、不思議じゃありません?」

「え?」

「だって、同じふたりから生まれたのに、顔も性格も違うんですよ。

原因が同じなのに結果が違うってのは、どうしてなのかな」

柏木は本当に不思議らしく、首をひねって考えていた。

「父母は同じなんだから、あとはタイミングの問題ってことですよね」

「タイミング?」

「うん」

柏木これでも貴族なので、さすがに「やるタイミング」とはいえずに

「生まれるタイミング」

と返した。

「ほら、同じ日に生まれる双子とか似てるけど、生まれる日が違えば

出てくる子も違うでしょう」

「そうですね」

三宮がくすりと笑う。

「面白いことをおっしゃるのね。兄弟がなぜ違うかなんて、私、考えた

こともありませんでした」

「俺も、最近まではそうだったんですけど」

柏木は言葉を切って、遠い星を見た。

「そのタイミングを逃したら、次生まれても別の子になっちゃうんだな

って。その子にはもう、二度と会えないんだなと思って」

そう、今宵このタイミングを逃したら、俺は薫に会えない。

でも同じことかな

俺が薫を見られることは、きっとないんだろうから…

柏木は覚悟を決めていた

ごめんな薫

俺やっぱりできないわ

この人を悲しませて、泣かせてまでお前を作ることは

俺にはできない。

柏木は右手をきゅっと握った。彼女の指は細い。

「その子は、お姉さまの子ですの?」

「え?」

彼女は何心なくきいた。

「お姉さまとご結婚なさったのでしょう?」

「あ、はい…」

少し落ち込む。

「どうしてお姉さまと結婚を?やっぱり好きだったんですか?」

「…」

柏木は寂しそうに笑うと、横を向いた。

言えなかった

本当はあなたがほしかったけど、難しいからお姉さんをもらった

だなんて、口が裂けても言えない。

「その子には、どうしたら会えますか?」

「えっ?」

彼女はふっとこちらを向いた。

「お話をきいてたら、私も会いたくなっちゃった。あなたのお子さん

なんでしょう?どうしたら、お会いできますかしら」

家に遊びに来てくれるかのような無邪気さだった

明るく、やさしく

柏木は目を細めた

彼女のすべてを、いとおしく思う。


「俺があなたにひどいことをすれば、会えます」

低い声がひとすじ、すっと響いた。

「えっ…」

彼女が、とまる。

「いますぐ、ですか?」

「はい」

柏木は真剣な表情でうなずいた。

彼女は困惑したような、悲しそうな目をした。

そりゃ困るよな

俺が逆の立場でも、明らかに困ると思う。

「でも、もういいんです。その子のことは諦めましたから」

柏木はさっぱりした顔で笑った。

「いいんですの…?」

「はい。俺は間違ってました」

彼女に会って、逆に覚悟が決まっていた

彼女を傷つけてまで手に入れたいものなど何もないと思った

それがただ一人の、かけがえのない子だったとしても。

「私は会いたいですわ、その子に」

彼女はぽつんと言った。

「…えっ?」

柏木は思わず半身をおこして、彼女を見つめた。

「お姉さま、悲しむかしら…」

彼女は長い髪を草に埋めたまま、じっと空を見ていた。

「ひどいことって、たとえばどんな?」

「どんなって、だから…男女の間の、その」

「痛いですの?」

「知らないんですか?」

こくんとうなずくから、柏木は絶句した。

光さん、手出してないのか…

彼女の目をじっと見つめる。

ああ、これは台本とは違うようだと柏木は思った

似てるけど、違う

これはきっと、俺たちの物語。

俺たちが決めていいんだと思った

そう思うとうれしくて、悲しくて、彼は胸がいっぱいになった。

かたいはずの覚悟が、もろく、とけていく。

「あなたを抱くお許しを。いただけませんか」

柏木は彼女に覆いかぶさると言った。

「許しなどいりませんわ。暗闇であなたの手をとった瞬間から。

どんなことも、覚悟はできております」

彼女は柏木の腕の中でやさしく微笑んだ。

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