33-7 正常に鏡の見れる女
「私もそろそろ出家したいな」
冷泉帝が譲位すると、紫はぽろりとこぼした。
「ダメ、ぜったいダメ!俺の前でその言葉は禁句だからね」
光が即拒否する。
「やるなら俺を倒してからにしろ!といってもリアルじゃないよ。
俺が出家してからって意味ね」
などのみ、さまたげ聞え給ふ。*
何言ってんだこいつ
あんたが出家するなど来世でも無理だろ。
とか思うのだが、紫ももう大人
そこは寂しげに笑って対処する。
光は過去の一件以来、出家されるのがトラウマになっているので
あと何万年あってもまず許しそうにない気配だった。
わかってないなあ
紫はやれやれと苦笑した
私はあなたのことを祈ろうと思ってるのに。
この人は相変わらず自分勝手
自分のことばかりだ。
でも自分勝手というなら私も同じかな
私もこの世から逃げようとしている。
今の帝、今上さまは朱雀の息子だった。
三宮さまも朱雀の娘。
兄妹のよしみで、当然おはからいも多い。
明石姫君の生んだ若君が春宮に立って
おめでたいのはたしかなのだけど。
紫は、だんだん狭くなる氷上に浮かぶ白くまみたいに
老い先心もとない気がした。
三宮さま二十歳くらい。
紫三十八歳。
正常に鏡の見れる女であれば、自分の衰えに気づかぬはずがない。
紫式部の鬼褒めも逆に疑わしくて
これからますます
宮さま昇陽、自分は斜陽となっていく。
紫は正直見たくなかった
これから衰え、没落していく己の姿
なまじ華やかな頃があっただけに、零落を見せるのは悔しくつらい。
だからその前にそっと去ろうかと思うのに
好色主人、やはり許さず。
死ぬその日まで私を道連れにしようと思うらしい。
女心読めてない人だな、最後まで。
紫は仕方なく苦笑した。
もう慣れてはいるが
無邪気なほどかたくなな良人に、黙って従わざるをえない。
わか君、国の母となり給ひて、願ひ満ち給はん世に、住吉の御社を
はじめ、はたし申し給へ。*
祖父入道の願いどおり
明石姫君は春宮の母、のちの国母となることが決まった。
祖父の一念岩をも貫く。
交際初期、でしゃばって娘の代筆までした父入道
ある意味国一番の野心家かもしれない。
そんな幸せのお礼参りに、皆で住吉まで、ちょっとした遠出をした。
「これはプライベートなお参りなんで」
といっても、噂を聞きつけた君達連中、お追従者が尽きない。
結局左右大臣以外皆ついてくるというぞろぞろぶり。
ちょっと、皆ヒマか…
夕霧ですら驚いて、絶句というか苦笑した。
「これじゃ政事止まるじゃん」
たしかに明らかに支障をきたしてるはずなのだが
明石女御の父で、春宮の祖父である光の行うことなのだから
これもひとつの政事と言えるかもしれない。
いろいろと行列は豪華だった。
とにかくぞろぞろ、日本人らしい旅行だったことは間違いない。
神無月十日で、秋の風情も終り頃だった。
「きれいね」
紫は枯れ始めた山の景色にも、己の姿を重ねた。
最初で最後かもしれない遠出
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。か…
いつまでも続く春はない
私の生涯にも、この先長い冬が来る。




