6-2 抱きながら好きになる
「結婚のご予定はおありですか」
「そうですね、貴い姫君が幾人か、来られるそうです」
「では、私の入る余地はなさそうですね」
「おいでくださるのですか」
「ご希望とあらば」
朱雀は驚いて、美しい文字を眺めた。
考え考え、左手でかく。
「そのお心だけ、ありがたく頂戴いたします」
「すでに関係のある女ではダメなのですね」
「いえ、そういうわけではないのですが…弟の家庭を壊すようなことは。
左大臣にも申し訳なく、とても許されることではありませんから」
「誠実なのですね」
「臆病なだけですよ」
女は、美しい筆跡を微笑んで読んだ。
「結婚なさった方とは、うまくいくのですか」
「そうなるよう、努力します」
「でも、会ったこともない方なのでしょう?性格もおわかりにならない」
「それは先方も同じでしょうから…
なるべく相手の方にそうように、努めます」
「おやさしいのですね。春宮さまは恋をなさらないのですか」
「俺には、よく…恋というものが、いまだによくわからないのです。
好きと思うことはありますが、何にかえてもという心にまではなれない
ようで。冷たいのかもしれないし、愚鈍なのかもしれません」
「そうですか、実は…私にもよくわからないのです。こんなことを言うと
無粋ともとられますし、親しい女房にも話せないのですけれど。
狂おしいほど恋い慕うというのは、みな経験することなのでしょうか。
この歳になりましてもわからぬというのは、何か、皆が持っているは
ずのものをもっていませんようで、自分がどこか欠落した、寂しい人
間のように思えます」
「そんなにご自身をお責めになることはないと存じますが…
ただ、皆が見る景色を自分だけ見たことがないようで、見てみたい
気はしますね」
「そうですね」
素直に同意して、ふたりはそれぞれすこし笑った。
自分たち以外、こんな初心者じみた文をいったい誰が交わすだろう。
そう思うと、この恋の都で、自分たちだけが浮いているように感じた。
恋にあこがれながら、まだ恋に縛られない時を、
ふたり気ままにたゆたっている。
「奥様となる方を、どうやって好きになるのですか」
「抱きながら好きになります」
その返事に、女は「えっ」と思った。
「もちろん無理やりにではないですが。
入内なさる方はたいてい、お父上の期待やおうちの名誉を背負って
こられますから。ご希望とあらば、その日から抱きます」
そのまじめな文面に、ああこれは仕事なんだということが女にはよく
わかった。
このひとは飾らないから、ごく素直に答えている。
「では、好きになる必要はないのですね」
「そういえなくもないのですけれど…できれば親しくなりたいですね。
結婚できたのも何かのご縁と思いますし、女御になられるような方
は皆、選りすぐりのご令嬢ばかりですから。
相手の方は俺を不足と思われるでしょうけど、俺のほうで気に入ら
ぬとかいうことは、恐れ多いです」
「では、結婚すれば春宮さまに恐れ入っていただけるわけですね」
「はい、おそらく」
女はおかしくて、くすくす笑った。
いったいどういう方なんだろう。
のんびりなのか冷静なのか、いい人なのか怖い人なのか
まったく想像がつかない。
面白い方ではあるけれど。
「ふだんから、こういう話をなされるのですか」
「いえ、ほとんど。仲のいい人とは話すこともありますけど、女性とは。
俺は女性にもてないので」
「高貴でいらっしゃるからでしょう」
「皆そういうことにして慰めてくれますけれど。
男らしくないのがダメみたいですね」
「もっと女性にもてたいのですか」
「いえ、俺はひとりいてくだされば十分なんですけど。
ただ、もっと知りたい、希望にそいたいとは思いますね。
結婚してよかったと思ってもらえるような、嫁に来がいのある男にな
りたいです」
嫁に来がいのある男…
女はその部分を、大切に胸にしまった。
変わった方だわ。
誰と会っても聞けない言葉を、手に入れた気がする。




