33-2 ごめんな、夕霧
なぜこの人と並ばなきゃいけないんだろうなあ…
俺は柏木と並んで出世したいのに。
そうは思いつつ、そしらぬ顔で夕霧は競射に挑んだ。
夕霧は右大将だが、左大将は髭黒さんなので
最近このツーショットが増えてきている。
まあ玉鬘姉が太政大臣の娘だから
大臣家の繁栄という意味では同じなんだけどね
ちと寂しい。
柏木はその場に、すこし物憂げな顔で座っていた。
いつもやさしい男の沈んだ顔は、春の陽になかなか美しい。
あいつ、どうしたのかな…
夕霧は心配になって柏木をじっと見つめた。
六條邸にいる間は、なるべく目を離さず
その動向を注視している。
ある日父の邸に行くと、柏木は庭で何やら探しものをしていた。
「何探してんの?また鞠?」
夕霧が何気なくきくと
「ううん、ねこ」
柏木も何気なく返すから
「ねこ?!」
夕霧はびっくりしてしまった。
柏木はまったく気にせず
がさごそ庭の茂みをかきわけて見ている。
柏木、まさか…見たのか?
つらい予感がぎゅっと胸をよぎった。
すこし、つばを飲む。
「どうしてそんなものを?」
「春宮さまが三宮さんの猫をほしいって言うんだって。でも
逃がしちゃったらしいから」
「それをなぜお前が?」
「小侍従って女房に頼まれてさ」
柏木は苦笑して、草の中から顔をのぞかせた。
いつもと同じ、やさしい、世話好きな瞳。
「見たことあるの?その猫」
宮さまを、とはいいかねた。
すこし緊張する。
「ううん」
柏木はきょとんとして首をふった。
「それらしい奴がいたら、片っ端から捕まえようと思って」
髪をかいて、にこっと笑う。
「なんだ、無計画だな」
夕霧はほっとすると、自分も一緒に探してやった。
本当は頼まれたのではなかった。
ただ春宮さまが所望されているということは聞いていて
彼女は猫を逃がしてしまっていたから
困ってるんじゃないかと思い、自主的に探しに来たのだった。
「ありがとう」
「別に」
柏木は一緒に探してくれる夕霧に笑って礼を言った。
笑いながら少し切なそうな目で、その背を見守る。
ごめんな、夕霧
俺はお前のやさしい心遣いまで、無にしてしまうかもしれない。
「どうしたの柏木、そんなに汚れて」
柏木は春宮さまと仲がよかった。
明石姫君の嫁いだ春宮さまは、朱雀院の息子で
すこしわがままだが、父譲りのやさしさを持っている。
「逃げてしまったならよかったのに」
春宮さまは苦笑して
泥だらけの柏木と、懐の可愛い猫をながめた。
「いいよ、柏木にあげる」
「え?」
「だってとてもなついてるようだもの。親子みたいだよ、ふたり」
春宮さまが言うように
ノラなはずの猫も、柏木にはよくなついた。
下においてやっても不安そうに、すぐ裾にまとわりつく。
「じゃあ、お預かりします」
柏木は礼をいって、その猫を自邸に持ち帰った。
かといって首輪つけるわけでもなく
ノラ同様、自由に出入りさせている。
あやしく、にはかなる猫の、時めくかな*―
「どうなさったんです、急に」
「部屋が汚れますわ」
女房たちは小言を言った。
「ごめんごめん」
外から帰る猫の足を丁寧にふいてやりながら、柏木は苦笑した。
つかまえない。強制もしない。
でも忘れないで来てくれるやさしさ。
そんな猫を愛しながら、気ままな背をそっと撫でてやる。




