33-1 確実につぶす
三十三.若菜下
「おめでとう。お前は俺をこえた」
「えっ、そこ?!」
「だって生殖能力なんて、鍛えようと思って鍛えられるもんじゃ
ないんだぜ。それをお前はぽんぽんぽんぽん」
「ちょっと夕くん、何気に彼女いんじゃん。何、雁ひとすじじゃなか
ったの」
「俺だってそのつもりだったよ。それが章変ったら急に」
「藤典さんでしょ、元五節の。藤裏葉の時からいたよ。ほら、
この内侍にぞ、思ひはなたず、はひまぎれ給ふべき*だって」
「はひまぎれ。なんか露骨だなおい」
「俺だって知らなかったよ、こんな設定」
「むっつりでネクラでのぞき趣味で、でも真面目なとこだけが取り
えだと思ってた夕くんがねえ」
「ほんとほんと」
「うるさいな」
夕霧とて、この設定に大いに不満を持っていた。
俺のアイデンティティ揺れすぎじゃない?
何気に紫さんにも下心もってるし。
これじゃ中途半端な劣化源氏じゃん。
「いや、劣化ってほど源氏でもないよね」
「うん。この時代に妻ふたりは少ないほう」
「真面目というより勇気あるだけだよ、夕くんは」
「勇気?」
「だって男一に女二ってことは、明らかに取り合いだよ?一騎打ち
要求してる構図だろ」
「そんな」
「俺もそれ、ひそかにすごいと思ってた」
「たいていの男はそのリスクを避けて、多くの女と広く浅く付き合う
んだよ。しかも身分に差とかつけとけばさ、そんな目立った争いにも
ならない。それをお前ははっきりした三角関係にもちこんじゃって」
「そうそう、しかも子がいるし。両方の女に子がいるし」
「雁ちゃんだってそんな高貴な出じゃないし、藤典さんも高級女官で
我こそはって思ってんだから、これは争うしかないね。直接対決必
至だね」
「激しい争いになるな」
「何だよ、他人事だと思って」
「リスク回避とリスク分散習わなかったの?ダメだよ、政治学くらい
取らなきゃ。平安時代は弱肉強食、厳しい世界なんだから」
「そうそう」
「ほっといたら会議しだすよ。女って会議大好きだからね。そのうち
お前もよばれて死の三者面談開かれちゃうよ?恐ろしい」
「それはやだ」
夕霧さすがに事の重大性に気づいたのか、少し青ざめて兄を見た。
「冷泉さん、どうしよう」
「ん?」
冷泉帝はにこにこ聞いていたが
「同じ数だけ孕ませてあげればいいんじゃない」
やっぱりにこにこ笑ってのたまう。
「こわっ」
「なんか犯罪的な響きしたな今」
「冷泉さんが言うと、夫婦の自然な営みも危険に聞こえるよ」
「そうですか?」
少し照れて、くすりと微笑む。
「でもそれじゃエンドレスですよね?まさに争いエンドレスになろう
としてますよね」
「うん。差がついたら可哀想かと思って」
「なるほど。平等という名の均衡か」
「しかし崩れやすい均衡だな」
「つかの間の平和」
「同じ数だけって、それは増やし続けるの?」
「そりゃそうだよお前。醤油入れすぎたら砂糖入れて、砂糖多かっ
たら醤油足すんだから」
「だんだん濃くなってきますね、味」
「うん。そのうち何だかわかんなくなるっていうね」
「そんなの、俺死んじゃう…」
夕霧さすがにげっそりした。
女同士のおねだり相当きついらしい。
「大丈夫だって、若いから」
「そうそう」
「生めよふやせよ、めでたいことじゃん」
「平安で記録に挑戦するってのも一興だな」
「一興じゃないし」
文句いいながらも
「こどもか…」
夕霧、柏木の件については一応胸を撫で下ろしていた。
柏木は、あれからあまり変化は見られなかった。
たまにぼうっとしてるときもあるけど
恋多い人のことだ、他の女に心を移した可能性もある。
柏木はあの日三宮さんを見なかった。
夕霧はそう信じていた。
「夕くんの作戦はうまくいったみたいだね」
蛍は何気なくいうと、すこし寂しげに笑った。
「これで、よかったのかな」
「よかったんですよ」
夕霧が断言する。
「これで柏木は子を持てないかもしれないね」
「持てるよ、長生きすれば。何人だって持てる」
「薫以外の子ならな」
光は目を細めてつぶやいた。
俺たちは、ひとつの生命を
まだ生まれてもない生命の種を、ひとつ
確実につぶしたのではないか。
同じ思いが三人の胸をよぎった。
「まあ、未来は誰にもわかりませんから」
そんな皆を慰めるように
冷泉がやさしく微笑んでつぶやく。




