32-4 最後の晩餐
「君ほどの女が出家だなんて。気でも触れた?」
光は懐かしい人に会っていた。
朱雀がまだ帝だった頃の尚侍。深き思い出の朧月夜。
「私も年をとりましたもの。浮わついた多情女も、四十過ぎれば
ただの人ですわ」
朧月夜はひかえめに笑った。
「兄貴がいなくなったのが、そんなに寂しい?」
「ええ」
きかれて、こくりとうなずく。
彼女はまだまだ美しく
しかも年を重ねて、完成された美がそなわっていた。
来たからにはもちろん、抱くしかない。
今さっき紫だけと言ってたような
そうはいっても光源氏、仕方ないらしかった
紫いちばん朧は二番
光を我慢させなくする香りが、いくつになっても彼女にはある。
「あまり女と遊んでばかりいちゃダメよ。もう大人になったんだから」
朧月夜は笑って、でも拒むことはなかった。
いま始めたらんよりも、珍しくあはれにて*―
思い出すことがいろいろあった
彼女には本当に、助けられてばかりだった。
俺がつらいとき、いつも抱いて慰めてくれたね。
本当に本当に、やわらかく、やさしかったと思う。
「今日は俺が慰めてあげるね」
そっと、やさしく抱いた。
若い頃の情熱より、あたたかく、心地よい響き。
「死ぬ前の最後の晩餐てわけだね。裏切り者のユダさん?」
「人は皆、罪深いものですわ。それにあなたのせいですよ、そんな
美しい悪魔の姿をして、私に愛をささやくから」
ふたりは最後まで静かに楽しく過ごした
上品な大人の、おいしい思い出の食べかた。
「それはよかったですわね」
紫は思わず苦笑した。
そんなことまで、やっぱり私に語る癖。
もう怒る気も失せちゃった。だって悪気ないんだもの。
わざとなら直すすべもあるけど、自然だから仕方ない。
「彼女ともお別れしちゃった。さみしいね、年をとるってのは」
光は紫ばかりを抱きしめて眠った。
ありしよりも、けに深き契りをのみ、長き世をかけて、きこえ給ふ。*
そう、長い夜をかけて
ただ紫のためだけに、変らぬ契りをかわす。




