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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
126/175

32-2 見えざる手

「朱雀さーん」

「うーん」

朱雀は苦しげに横になっていた。

布団がわりに衣をひっかけ、うーんと寝返りをうつ。

「ダメですよ、長台詞覚えられないからって、勝手に割愛しちゃ」

「だって、言いたくないんだもの…」

朱雀はいつも以上に弱気だった。

体の調子も本当に悪くて、消えいりそうな声で言う。

「もう、すっかりわがままになっちゃって。これだから年寄りは」

夕霧は肩をすくめると

「ここは、誰にあげるかいろいろ悩んだ挙句親父に決めるって

シーンでしょ。朱雀院最初で最後の、そして最大のわがまま」

言いきって、ふうと嘆息した。

本当にそうだよな

あんなに決断力なく書かれてた人が

なぜ三宮さんについてはこれほど執着したのだろう。

正直、よくわからない。

蛍さんの言じゃないが

親父のために女をとられ、故院に怒られ

譲位までした人の復讐と取られても仕方ない気がする。

まあ純粋に娘の将来を思ってのことだったんだろうけど

安定、繁栄、幸福の絶頂期にこの罠だもんな

人生って怖い。

「やっぱり柏木くんにあげたほうがいいんじゃないかなって気が

してるんだ。朧さんや太政大臣さんも、あまり熱心に頼むからね」

朱雀は寝転んだままこっちをむくと、夕霧に訴えた。

どうしよう?

決断に迷う瞳。

「じゃあそうします?それがいいかもしれない」

夕霧もつい同意したくなった。

やっぱり愛されて結婚するのが一番だよな

朱雀も救われたような目をしてうなずく。

冒頭の二者会談からして、筋書曲げられようとしていた。


「すー兄、ちょっとー」

そんな病床にどたどたやってきたのは蛍だった。

「ひどくない?どういうことよ、これ」

糸で閉じた台本をたたいて、ぴしぴし叱る。

兵部卿の宮、人がらは、めやすしかし。(中略)あまり、いたくなよび、

由めくほどに、重き方おくれて、すこし軽びたるおぼえや、進みにた

らん。*

「要するに軽い奴ってこと?俺のことそんなふうに思ってたの?

心外だなあ。すー兄のこと信じてたのに。友達だと思ってたのに。

ここにきてこのセリフ」

「ごめんなさい…」

朱雀はまったく何も言ってないのに、申し訳なさそうに謝った。

「まあ、それも割愛されてるから」

「本当?たのむよ、俺のイメージに関わるからね」

「イメージどおりじゃないですか、むしろ」

「夕くん!」

蛍がこづく手を防ぎつつ、夕霧が思わず笑う。

「まあとにかく、決まったの?三宮さんの処遇は」

「うん…」

「冷泉さんからもお手紙きてるでしょ」

「うん、おさそいがね」

「もうあの方にやっちゃうのが一番手っ取り早いんじゃないの?冷泉

さんプロだから、どんな女でも美味しくいただけると思うよ」

「でも子どもっぽい子だからね。やはり心配で」

「親父にやれば安心なんですか」

「でも迷惑だよね、きっと」

「というか危険でしょ。もう四十前のおっさんだよ?自分と年の変らな

い男によく娘をやれるね」

「それもそうだよね」

「あいつの方が先に死ぬかもしれないし。三つ違いだよ?すー兄と

光は」

「そっか…」

「てわけで、ここはやっぱ俺に」

「結局それかよ。蛍さんだってたいして変んないだろ、年齢」

「俺は三人の中じゃ一番若いもん。体だって鍛えてるしさ。まだまだ

若い子をがっかりさせないつもりだよ?」

「何言ってんだこのえろオヤジが」

「何夕くんムキになって。ほしいの?三宮さんほしいの?」

「ちがいます。俺は雁ひとすじだし」

「またネクラなことを」

「関係ないでしょ」

けんけんがくがく楽しそうな所へ、すっと入ってきた男がひとり。

「これこれ皆の者、静まれい」

すっかり殿様気分で騒ぎを止める。

「あ、光」

「親父、まだ出番じゃないだろ」

「ごめん。めんどいから出てきちゃった」

光はにこっと笑うと朱雀のそばに座った。

朱雀もさすがに上体を起こして、光を見つめる。


「大丈夫?」

「ありがとう」

光に支えられて、朱雀はゆっくり座った。

「まあ、あまり悩んでても始まらないんだし。俺んちで引き取ろうか?

宮さま」

「でもご迷惑がかかるでしょう、紫さんにも」

「そうなんだよね」

光もそれが最大の気がかりだった。

宮さまをお迎えするなら当然正室とせねばならない

紫を差し置いて。それがつらい。

「あの子の経済のためには、うちに入れるのもひとつの手だと思う

んだ。一生困らないくらいの財産はつけてやれると思う」

「よ、太っ腹。さすが光源氏だね」

蛍がにっと笑う。

「あとは柏木のことだよな。たとえば俺が出家したりするとさ、女は

選択を迫られるわけじゃん。後を追って出家するか、別の男の世話

になるか。そこで柏木に譲るってのも手かなとは思うんだ」

「なんでそんな面倒くさいこと」

「柏木の運命が知りたいからだよ。彼女と接触しなくても、あんなに

短命なのかどうか」

すこし慎重に見る必要があると思った。

嫁いで子ができて数年で死亡じゃ

あまりにも残された家族がつらすぎる

収入も断たれるし。

それならうちにいて、しばらく様子を見た方がいい。

「短命なら、なおさら早く結婚させるべきだろ。ふたりの時間をすこ

しでも増やさなきゃ」

夕霧は父に食いついた。

愛しい恋人との時間はいくらあっても足りない。

「まあ、そうだけどね」

光は息子をやさしい目で見つめた。

恋ってのは、ひとつの病気なんだよ

会いたいのに会えない

そういう悶々が、一緒になった後の愛しさを増す一因になる。

思ったとおり手に入ってしまった嫁を柏木がどう思うのか

ちょっと予測できない。

「俺はやっぱり柏木にあげたほうがいいと思うな。未来なんて誰に

もわからないんだし。神さまじゃあるまいし」

「俺はどっちでもいいよ。兄貴の好きな方で」

「どうします?朱雀さん」

「うん…」

朱雀は皆に見つめられ、すこし考えていたが

「じゃあ、柏木くんに話してみます」

こくんとうなずいて言った。

この決断が歴史を変えるのかな、と三人には思われた。

冷泉さんの忠告を無視したことになるけど

仕方ない

無残な死を目の前に、黙ってるわけにはいかないんだ。


ところが、現在の歯車は少し前から狂っていたようだった。

「柏木くんに、ちょっと考えさせて下さいって言われました」

「えっ?!」

光は驚いて目をみはった。

朱雀はすでに台本どおり、髪をおろして出家している。

「どういうこと?」

「わからない。他に好きな人ができたのかな」

朱雀は少し寂しそうに笑った。

光が、黙る。

誰かが俺たちを操作してるのか?

神か、これが神の手ってやつなのか。

見えざる手に背を押されているように感じた。

「いいや。じゃ俺んちによこしな」

「でも、それじゃ」

「大丈夫。宮さまも紫も泣かせない処置を、俺がとるよ」

光は笑ってうけあった。

そうさ、神さま

あんたがどれだけ偉い人か知らないが

俺たちには、俺たちのやり方がある

叶えたい希望がある。

これが挑戦なら受けて立ってやると光は思った。

どんな弱い虫けらだって死の直前までもがいてる

俺たちだって同じだよ

死ぬ直前まであきらめない。あきらめられない。

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