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朱雀と弟  作者:
第四部  借り物を返す旅路のはじまりにさしのべらる手二度と離たず
125/175

32-1 うちのエース

三十二.若菜上

「こんにちは…」

紫は、おそるおそる御簾を引き上げた。

「こんにちは。ようこそおこし下さいました」

花散里がやさしく笑って、中へ入れてくれる。

「お、いらっしゃい」

碁盤に両肘ついて一心に本を読んでいた人が

くるっと振り返った。

「はじめまして」

にっと笑う。

「あの、こちらの方は…?」

紫は何心なく首をかしげた。

女は一瞬花散里と顔を見あわすと、ふふふと笑った。

「赤鼻のピエロです、以後お見知りおきを」

「あっ」

面をつけられてやっとわかった

この方が、例の。

「お面なんですか」

「うん。でも男には内緒ね」

末摘花は紐のついた面をおでこにあげると

ぱちっと片目をつぶってみせた。

たらし髪も面倒と思うのか

きゅっとポニーテールに結っている。

「本当は美しい方なんですね…」

紫はあまりイメージと違うので驚いた。

野暮で古くさい醜女と思いこんでいたらしい。

「美しくはないけどね」

末摘花は苦笑して肩をすくめた。

「人は、思ったより実物がマシだとつい実物大の評価をしてしまう。

対比って恐ろしいねえ」

読んでいた本にしおりを挟んで、紫を上座へ誘う。


「要は、男の愛を失うのが怖いってことだね。三宮さんが想像以上の

美女で、男の気が移るのが怖い」

末摘花はすばやく問題を整理すると、うーんと思案した。

「まあ、虫のいい話ではあるよね。自分だって、その美によって多くの

女から彼を奪って独占してきたくせに、今さらそれを他の女にされる

のは耐えられない」

「はい…」

紫が、すこし苦笑する。

ほんと手前勝手な相談だよなとは思った

でも不安なんだから仕方ない。

花散里はやさしい瞳で紫を見つめた。

明石も奥の方で、冬らしい、しめやかな香をたいてくれている。

紫は黙ったまま、じっと明石を見つめた。

私だって、何もかも奪ってきたじゃないか。

明石さんから愛娘を取り上げて、一番可愛い時そばにおいて

ずっと養育した。独占した。

十や二十は下らない光の女性関係も清算させた。

紫は三十一になっていた。

光と結婚させられて、早十七年。

須磨明石のとき以外、三日の隔てなく彼と寝ている。

「思えばぜいたくな悩みですよね」

悩むこと自体恥ずかしいような気がして、紫は淡く苦笑した。

もう、十分なのではないか

あとは生い先長い三宮さまにお譲りしたら。

でも光を失うことは、紫にとって

自分を失うに等しい意味を持っていた。

親より乳母より女房たちより

光とずっと一緒にすごしてきた。

心、体、生活習慣

すべてが彼専用になっている。

今さら変えようとして変えられるとも思えなかった

私はもう彼の一部になっている

引き離せない

そう、思う。


「大丈夫だと思いますわ」

花散里は、そっと微笑んで言った。

「今まで積み上げてきた時間、想い、そういうものが二人をつなぐと

思います。あなたさまはやはり特別な存在だと思いますわ。私たち

とは違う、特別な」

「そうそう。むしろ三宮さんが可哀想だよ、こんな完成された貴女と

比べられたら」

末摘花は肩をすくめて苦笑した。

「まだ十三、四なんでしょ。もっとゆっくり育ててあげればいいのにね。

男って馬鹿だね、よかれと思って押しつけたって、いいことないのに」

「もっと若い方のほうが似合いそうですよね。お互い足りない所を補い

あって、悩みながら成長していける」

「そうそう、四十前のおっさんに預けて何の得になるんだか。朱雀院

も、もうろくしてるよ」

あまり辛辣なので紫は思わず笑ってしまった。

「災難みたいなものだと思ってかわした方がいいよ。この邸の女主人

は紫さんなんだからさ。まあ万が一、あの人が少女に熱入れるような

ことがあれば、うちに移ってきちゃいなよ。私も空蝉さんも、こじんまり

住んでるからさ。いつでも大歓迎だよ」

末摘花はにやっと笑って言った。

「まあ来なよって言っても、私のうちじゃないんだけど。むしろ紫さんの

物というべきか」

都落ちのとき譲渡された土地建物の権利証を思って

少し訂正する。

「私も微力ながらご相談に乗りますわ。宮様もきっとわかって下さると

思います。ご一緒に仲良くいたしましょう」

花散里もおおらかに言ってくれた。

ああ、ありがたい

でもすこしやさしすぎると思った

また、明石を見る。

明石もこちらを見ていた。

彼に抱かれている私たちだけがこの不安を共有できるだろう

男と女って、最後の最後までどうなるかわからないの。

今は少女でも、そのうち美しい女になる

同時に私は衰える

この女の世代交代に、果して勝ちうるだろうか。

正直、自信がない。

「私、紫さんに味方します」

明石はそっと、でもはっきり言った。

「私も娘もあなたさまの味方です。あなたさまによくしていただいたか

ら、入内するまでに育ったんですもの。そのご恩は一生忘れません」

「でも、私が取り上げたようになってしまって。お寂しかったでしょう?」

「いえ、私がお預けしたんです。後悔はしていません」

明石はきっぱり言って、やさしく笑った。

ああ…

「ありがとう」

すこし、泣きそうに思う。

「私たちだってずっと紫さんの味方だよ。まあ私なんて、全く役に立た

ないだろうけど」

末摘花は苦笑しつつ、花散里と目を見あわせた。

「あまり気に病まないで。きっと何とかなる。自分を信じよう?紫さんは

外見も性格も整ったうちのエースなんだから」

ね?と励ましてくれた。

男を信じようと言わないところが、さすが研究者

あくまで科学的、統計的である。

「はい」

紫はすこし涙ぐみながら、でもこくんとうなずいた。

明石もうなずいて、四人にこっと微笑む。


「よし、じゃメンツもそろったことだし、始めますか」

末摘花は大きめの机を持ってくると、さらさら牌を広げた。

「まあ、何ですの?」

紫が興味津々、近寄って見る。

「うちの父上が好きでさ。よく相手させられてたの」

「すごい、木でできてる」

明石が手にとって眺めた。

たしかに、小さな牌はきちんと木でできている。

「舶来物なんだ。これをこう並べてね、山を作るんだよ。端から取って

いってね」

「絵をそろえるんでしたっけ」

「字でもいいよ。数字でも。役表ここにあるから」

きちんとアガリの説明書までついている。

「点棒ないかな、点棒」

「紙の切れ端ならありますわ」

「んー、ちと紙すぎるなあ」

「扇は?」

「でかっ。一本しかおけない」

「あ、こんなところに結び文が」

「おや、誰かの手習いかな?」

「案外本物の恋文かもしれませんね」

「それはいいね。恋の女神が勝利をもたらすか」

結局本物を使うのは気の毒なので、各自紙を結んで点棒を作った。

「よし。ではいきますか、みなさん」

四人で向かい合って座りながら、さらさらのんびりやる。

紫はけっこう楽しいと思った。

女同士で遊ぶのも、やっぱり楽しい。

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