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朱雀と弟  作者:
第三部  母なき子よたりいつたり集ひきてあひ惑はんやしあわせ探し
124/175

31-8 定められた現在

ほんとうに

このまま終ればいいのにと思った

姫君は春宮に入内なさったし、夕霧くんは結婚したし

もう思い残すことは何もないよ

十分しあわせだと思う。

光は三十九歳でまだまだ元気だし

紫さんも笑っている

柏木くんもいてくれるし

ねえ、もうこれでいいでしょう?

今終れば、甘くせつない王朝絵巻

でも楽しかったねって終れるじゃない

童話的に終れるじゃない

なのに

「紫式部、なぜ書いたし」

朱雀は深く嘆息した。

たのむ、俺だけでもいい、今すぐここで終らせて。


「何言ってんの。これからが本番でしょ」

蛍は酒をあおると、元気よくつっこんだ。

「薫生まれてからが本番だよ。これまだ序章だよ?序章。俺たち

前座メンバーだからね」

「前座なが」

「えっ、俺主役だと思ってたのに…」

「まだテーマ曲すらかかってない」

「前座ですでに死者多数ですね」

冷泉帝は相変わらず、にこにこ笑って酒をのむ。

ちなみに今日は行幸だった

朱雀まで一緒に、六條院に集う。

一段下に座ってた光を

「そんな、もったいない」

「そうですよ父上」

二人の帝が同列に引き上げての酒盛り。

光のしあわせの最後の宴だった

日でいえば斜陽

これまでの須磨明石とか藤壺さんとか玉鬘とか

そういうレベルではない致命的なマグニチュードの地震が。

六條邸と光を襲おうとしている。

その震源は、まさかの朱雀だった。

「もう、今まで黙ってたのに何なの?出番少ないからって急に暴れ

たりしちゃだめだよ」

「お前が今まですー兄をいじめすぎるからだろ。次”朱雀の乱”だよ。

若菜上じゃなくて朱雀の乱だから」

「逆襲の朱雀でしょ」

「こら夕くん、またそんなこと言って。習ったの?大学でそういうこと

まで習ってきちゃったの」

「だって柏木がいろいろ見せるから…」

「乱を起こすんですか。朱が似合うとは思ってましたけど、朱雀さん

ついに」

「ダークホースだからな、兄貴は」

「そうそう」

「兄貴が出てきて俺が幸せになったためしがない」

「須磨明石は自業自得だろ」

「そんなことないよ。罪というなら、すべての恋が罪さ」

「アホか」

そんな楽しいテンションに微笑しつつ

朱雀はそっと立ち上がった。

「何すー兄、トイレ?」

「ううん、池」

「池?」

「うん。死んできます」

淡い微笑のまま、てくてく庭へむかう。

「ちょっと待っ…何本気で死にそうになってんの。冗談だよ、冗談」

「そうだよ、俺も言いすぎたって。悪かったって」

「ありがとう。でもいいんだよ、ここから先、本当に行きたくないから。

俺が死ねば終らせられると思うから」

朱雀は静かだが思いつめていた

皆に押さえられつつ、泣きそうになっている。

「朱雀さん、はじめてのご乱心ですね」

冷泉帝はふふふと笑うと

「どうぞ。気分が落ち着きますよ」

琥珀色の飲み物をくれた。

朱雀がこくりと飲んで、そのままぱたんと倒れる。

「冷泉さん?!何飲ませたんですか」

「深く眠れるくすりです」

「まさか、永遠の眠り的な?」

「いえ、ほんの熟睡程度の」

冷泉は淡く笑うと

「ほとんど寝てなかったみたいですから、最近」

そっと白い寝顔を見守った。


「運命はもう変えられないの?俺たちには」

眠る朱雀を見ながら、夕霧は強く問うた。

「俺は嫌だよ、柏木が死ぬなんて。もう誰も失いたくない。全力で

阻止する」

「おお、夕くんやる気だね。俺だってそのつもりだよ。ただこのエセ

主人公がね。ガード甘いから」

「エセって俺かよ」

「だってそうじゃん、こんなバカでかい邸建ててさ。こんなに広くて

門がいくつもあったら守りきれないよ。来客も多いしさ。玉ちゃん

もってかれたのもそのせいだろ」

「それは…反省してる」

光はしゅんとした。それを言われるとつらい。

「もっとこじんまりした家で、妻子と仲よく笑って暮すってのが人の

本来の姿だよ?ささやかな幸せこそ宝じゃん」

「偉そうに言うなよ、独身のくせに」

「独身だから言うんだよー」

蛍が切なそうにもだえる。

「要するに三宮さんの処理に困るってことですよね。私が引き受け

ましょうか」

冷泉帝はあっさり笑って言った。

「処理って…」

「冷泉さんが言うとなんか怖い」

「別に処理まではしなくていいんですよ。ちょっと見守って、大人に

してあげれば…」

年長ふたりがあわててフォローする。

「柏木に抱かせなきゃいいんだろ、俺が」

「むしろ柏木にあげちゃえばいいじゃん、最初から」

「ああ、なるほど」

「その手があったか」

「でもそれじゃオープニングすら見られないかもしれませんね。

彼が運命の子でなければ」

乗り気な皆を落ち着かせるように

冷泉帝は笑って鋭いつっこみをいれた。

「あ、そうか…」

三人が気づいて、しゅんと肩を落す。

そのままふっと朱雀をながめた。

朱雀がねている

一番年長なのに、すうすう、気持ちよさげに寝ている。

「なんかむかつくな、この寝顔」

「ああ、兄貴のせいで俺ら苦しんでんのに」

「もう消したろか。すー兄消して話止めたろか」

「こら。そんなことしても三宮さんを苦しめるだけでしょうが」

夕霧はおっさん二人を制すると、きゅっと前をにらんだ。

「最初の垣間見をなんとしても防ぎます。薫の誕生が遅れて歴史

が変わるとしても、俺は柏木を死なせない。死なせたくない」

そう言うと、すっと立って行ってしまった。

「頼もしいですね」

冷泉帝がやさしい笑顔でその背を見送る。

光と蛍も、強くうなずきあって酒を飲んだ。

秋の夜風に紅葉が揺れて

物語世界の住人たちは

定められた現在を変えていけるのだろうか。

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