31-6 もう離れない
「なんか懐かしいね」
夕霧は部屋を見渡しながら、言葉少なだった。
また戻ってきた、と言えば言える。
でももう祖父も祖母もいない
いとこ友だちもいなくて
昔の女房たちが、懐かしそうに笑ってくれるだけ。
すこし寂しい、かな
いやだめだ
隣に雁がいてくれるのに、寂しいだなんて。
「私が夕くんの子、たくさん生んであげるよ」
雁は夕霧に寄り添うと、同じ方を向いて言った。
「私たちの子で、この家をいっぱいにしよう?そうすれば寂しく
ないでしょ」
そう言って、にこっと微笑む。
「ありがとう」
夕霧は胸がいっぱいになって、思わず雁を抱きしめた。
「わかってるよ。私たちも長生きして、子供たちに寂しい思いをさ
せないようにしようね。おじいちゃんおばあちゃんも大好きだけど、
お父さんお母さんもほしいもんね」
「うん」
そんな家、まるで想像できないと思った
父母と子供たちだけで構成される、にぎやかで幸せな家。
俺にできるのかな
雁がそばにいてくれるなら、できるのかもしれない。
雁はやさしく微笑んだまま、夕霧の手を引いた。
部屋の奥までくると
「よいしょ」
夕霧を塗籠の前に座らせて、すこし息を整える。
「?」
夕霧は意味がわからずに、素の顔できょとんとした。
その目をみすえて雁姉さんにやり
「てことで。夕くんの子ども、ちょうだい」
「え、今?!」
「うん」
雁はにこにこして夕霧の袖を押さえた。
塗籠の戸は外開きだから、よけられない。
ん…
夕霧まだ不慣れで、長いキスも慎重に受けた。
「ちょ…まだ昼だよ?」
「だからちょっと奥にきたんじゃん。大丈夫、皆見て見ぬふりして
くれるから」
「えっ」
見られてるの?!
夕霧まだ自信がないのか、少し顔を赤くした。
「雁さ、ちょっと見ないうちに、なんか積極的な人になったね」
「ちょっとって、そりゃ六年もたてばね。嫌でも大人になるよ」
雁は夕霧の胸をまさぐって、頬をすり寄せた。
「私だって最初はこんなんじゃなかったと思うよ?それを誰かさ
んがじらして、中途半端にいじって、放置するから」
夕くんの責任だからね、と笑う。
「子どもいっぱい生んで、一生縛ってあげるね。覚悟して」
「こええ…」
夕霧は本当に恐れて、すこし身ぶるいした。
雁は胸をおしつけ、夕霧の逃げ道をなくすと
「私がどれだけ変わったか、教えてあげるよ」
にこっと笑って、とりあえず口から攻めていく。
その静かな攻防のさなか
「おい」
とんとんと、雁の肩をたたく人があった。
「何?」
雁がふりむく。
「あっ…」
夕霧が息をとめる。
立っていたのは太政大臣だった。
苦笑というか何というか、何とも言えない顔で、とりあえず笑う。
「紅葉の色に驚かされて、わたり給へり*って設定なんだけど。
俺、邪魔?」
「うん邪魔」
雁は夕霧の首にかじりついたまま、こくんとうなずいた。
夕霧が耳の先まで真っ赤にする。
真っ赤になりながらも、舅と目をそらさなかった。
右腕をまわして袂を広げると、雁をかばって抱き寄せた
包みこむように懐に隠す。
また鉄拳が飛ぶのではないかと思った
雁だけは守りたい。
そう思い、おてんば娘の顔も髪も、胸元へ入れてガードした。
とっさの、その必死の行動は
親鳥が翼を広げ、雛を守るのに似ていた。
抱き寄せられた雁の耳に、夕霧の鼓動がきこえる。
どくん、どくん
少し早いが、強く、たしかに響く。
雁は、泣くのではないかと思った。
腕力ではきっと父に及ばないだろうに
その若い翼で懸命に私を守ろうとしてるの?
そう思うと我慢できなかった
せっかく守ってくれてる親鳥の懐から、ぴょこんと顔だけだすと
「ぶつなら私ごとぶって」
強い瞳で父をにらんだ。
「もう二度と離れない。私たち、一心同体なの」
父は若夫婦の強い瞳に見つめられ、まぶしそうに目を細めた。
いい夫婦になるな
そう確信する。
「殴ったりしないさ。お前たちはもう、夫婦なんだから」
太政大臣は苦笑して言った。
「まあ仲良くやれよ。俺は失礼する」
ぽんぽんと、交互にふたりの頭を撫でると
静かに去ってしまう。
夕霧は、舅襲来の緊張からやっと解放され、ふうと息をついた。
俺にとってはやっぱ怖い人だな
殴られたこと、鍛えられたことも含め
これぞ父親って感じがする。
死ぬまで恐れていたいと思った
ずっと俺の前に、立ちはだかってくれる人。
雁は、父の背が見えなくなったのを確認すると
「じゃ、つづきしよ」
夕霧の膝にずずいと乗った。
「えっ?」
同じ目線までのぼって、そっとキスをする。
彼の唇はやわらかかった。
離さないよ
雁はもう自分だけのものなんだと思って
愛に容赦しなかった。




