31-3 何かあったの?
「大丈夫か?夕霧」
「だって、伯父さんがあまり酔わすから…」
夕霧は重い頭をふりながら、柏木の部屋へ向かっていた。
すこし休ませてほしい
といって、そのまま寝そうだけど。
「お前って本当、酒弱いのな」
「お前んちの家系が強いんだよ」
「じゃあお前も強くならなきゃ。これから毎日飲ませてやるからな」
「勘弁してよ、苦手なんだから…」
いいながら、御簾をあげて中に入れてもらった。
「ここで待ってて」
柏木が、笑って去っていく。
頭、ぼんやりするなあ…
夕霧は、ほの暗い部屋の中ほどで、ぽつんと一人座っていた。
百合かな
甘くやさしい香りが、部屋いっぱいに匂いみちる。
雁、元気かな?
ふと思い出していた。
会いたいな
まだ許されたばかりだけど。
今日会えないかな
できれば今宵、この月の下で…
「夕くん」
ぼんやり座る背に、ふと声がかかった。
ん?
夕霧がそっとふり向く。
綺麗な衣を着て、女がひとり立っていた。
見たこともないほど美しい人で
「…雁?」
ほのかな微笑みにやっと、その面影を見つける。
「夕くん…」
女はそっと近寄ると、夕霧の胸に崩れ落ちた。
あとはただ、しくしく泣いて
ぽろぽろ涙をこぼす。
「どうした?」
夕霧は酔いも冷める思いで、嘆く雁を抱きしめた。
そっとやさしく抱きしめて、次の言葉を探す。
「あいしてるよ」とか「あいたかった」とか
ふさわしそうな言葉はいくつもあった。
だが夕霧、酔ってはいても心は夕霧なので
「何か、あったの?」
ごくまじめにきき返してしまった。
彼女を懸命にあたためながら、真剣な面持ちで心配する。
何かあったのって
六年間ほっといて何かあったのって
雁は驚いて目をぱちくりさせたが
「はははははは…」
おかしすぎて、次の瞬間思わず笑ってしまった。
笑いすぎて涙でそう
だって夕くん、ぜんぜん変ってないんだもの
その飾らないとことか、女慣れしてないとことか
いい人なとことか、すべて。
何も変っていない。
雁はきゅっと顔をあげると、じっと夕霧を見つめ返してやった。
綺麗な瞳、鼻筋、ちょっときつい目元、そして可愛い唇。
ぜんぶかわってない
ぜんぶ昔のまま、格好よく大きくなってる。
「あったよ、たくさん」
少し悔しくて言ってやった。
「六年も会えなかったんだよ?私死ぬかと思った。ひどい、待たせ
すぎ。どう責任とってくれるの?」
「え…?」
夕霧は雁の瞳に戸惑うと
「ごめん」
ごくすんなり謝った。
「だめ、許してあげない」
雁は笑うと、夕霧の腰に飛びついた。
「だいたいキスだけってどういうこと?いくら私が子供っぽかったか
らって、キスだけって。何もしないよりずっとひどいよ、こんなに待た
せてさ。つらいんだけど。逆にうずくんだけど」
いいながら、帯をまさぐってするするひも解く。
「あっ」
言おうとしたがだめだった。
熱く甘い唇が夕霧をとらえて離さない。
つよく、長く続く。
「今日は寝かせないから。六年分の恨み、聞いてもらう」
雁は本気だった
本気で抱こうとしている。
完全に自分のものにしてしまいたかった
夕霧の、すべてがほしい。
夕霧は悲しいが奥手だった
こういうのは初めてで
あっ、あっと思った
こわい
すこし、危ない気がする。
「大丈夫?きっと痛いよ」
この期に及んで心配そうにきいた。
もうとっくに大丈夫なんかじゃないんだよ
夕くんは何も知らなさすぎる。
「私の痛みなど、わからないくせに」
女はかすかに笑うと、両腕を男の首にからめた。
「痛くてもいいの。あなたが好きよ」
目をみて、やさしく微笑む。
男は胸がふるえた
「俺も。君が好き」
夜の海に飛び込むみたいに
手をつないで
ふたりは波に抱かれた。




