31-2 家族を得て
「あの人もついに頭を下げたか。長かったな」
「別に頭下げてはないけど。ただ宴に来ないかって」
「今まで無視してたお前を呼ぶこと自体、頭下げてるも同然だよ。
あの負けず嫌いの人がね」
光がふふふと笑う。
「で、行くの?」
「そりゃまあ」
「じゃあ思いきり着飾って行けよ。俺の服貸してやるから」
「え?」
別にいいよ、と夕霧は断った。
でも光は強引で、手持ちの中でも特に綺麗なやつを一揃え、
貸してやる。
「絶対着ろよ」
「なんで?」
「いいから」
光は念をおして、夕霧の背を見送った。
今日の宴は事実上の結婚式になるな。
それでもお父さんだけに、光はすばやく気づいている。
「何だ?親父のやつ…」
夕霧は悪態つきながらも、言われたとおり、光の服を着た。
背格好も同じくらいだから、さすがによく似合う。
伯父さんか
夕霧ほどの冷静男も、さすがに緊張していた。
葵と同じ色の瞳を澄ませつつ、ゆっくり内大臣邸へ入る。
「夕霧!」
家では柏木たちが、手をとって迎え入れてくれた。
何だ?このテンション
邸内もなんとなく綺麗だし
甥の俺を、下にもおかぬもてなし
なんか気味悪いな…
夕霧は警戒しつつ進んだ。
大学出でとても物知りの彼だが、結婚はいまだに経験がなかった。
だからこの、浮ついたおめでたい空気が何なのか
いまいち察知できない。
「どうだ、夕霧の姿は。光なんかよりずっと立派だろ」
内大臣は婿にすると思うと
手のひらを返したように夕霧を褒めちぎった。
「光はただ艶で女にもてるだけの色男だが、夕霧は違う。頭もいいし
男らしい、まじめな人間だぞ」
そういうと、本当にそう見えてくるから不思議だ。
「よく来たな、夕霧」
内大臣は久々に見せる清々しい顔で笑うと、とりあえず杯をさした。
「うちの藤は綺麗だろう?まあゆっくり堪能していけ」
話もそこそこに、やたら夕霧を酔わす。
夕霧は父譲りで、あまり酒が強くなかった。
「んー…」
すぐに酔わされてしまって、ぼやける意識を「うーん」と揺らす。
「お前は将来必ず大物になる男なんだ。俺を助けてくれなきゃいけない
ぜ。仁と孝くらい知ってるだろ?短気な俺を待たせるなんてひどいよ」
内大臣は、自分も酔ったふりで夕霧に笑った。
「これでも伯父さんに認められようと頑張ってきたつもりですが。
お待たせしてるのは、俺の不徳のいたす所です」
夕霧はまじめに答えた。
頭痛え…
すこし、ぐらぐらする。
春日さす藤の裏葉のうらとけて君し思はば我も頼まん*
柏木がすっと藤を折って、夕霧の杯に添えた。
ん?
夕霧が杯を手に、少し困る。
何かな?
匂いよく、美しい藤だった。
紫にかごとはかけん藤の花まつよりすぎてうれたけれども*
待つ、待つ
待つより過ぎて…
あっ!
にぶい夕霧にも、ようやく意味がわかってきた。
この藤は雁か
兄の柏木を仲人に
俺は今、許されようとしている。
夕霧は、ほうと深く息をついた。
「頂戴します」
杯を両手でもつと、ほんの形ばかり、口をつける。
厳かだった。
十八年間生きてきた中で、最も厳かな瞬間だった。
いくかへり露けき春を過ぐしきて花のひもとく折にあふらん*
「ありがとうございます」
深く礼をした。杯は柏木に返す。
柏木はにこっと笑った。
あとは酔っぱらってうちとけて、流れに任せるだけだった。
これまでの滞りも、そっと流れる。
これで家族になったんだと夕霧は思った。
伯父さん、柏木、そして雁。
俺は今日、かけがえのない家族を得た。




